愛とは何か?
高橋昌一郎『<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!』

現代の高度情報化社会においては、あらゆる情報がネットやメディアに氾濫し、多くの個人が「情報に流されて自己を見失う」危機に直面している。デマやフェイクニュースに惑わされずに本質を見極めるためには、どうすればよいのか。そこで「自分で考える」ために大いに役立つのが、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」である。本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「思考力を鍛える」新書を選び抜いて紹介し解説する。

 

愛とは何か?

 

高橋昌一郎『愛の論理学』(角川新書)2018年

 

連載第31回~第40回では、ヒトラーとカラヤン、ゲーデルと岡潔、チェ・ゲバラと手塚治虫らの人間性にかかわる側面を考察し、とくに天才と狂気の関係を意識しながら、「多彩な人々に触れてみよう」というテーマにアプローチしてきた。

 

今回の第41回から暫くの間は、より幅広く多角的に「思考力を鍛える」ために、「視界を広げよう」というテーマにアプローチしたいと思っている。そこで取り上げるのが、再び自著の紹介となって恐縮だが、『愛の論理学』である。

 

本書は、過去数年間、國學院大學の科目「情報文化論――愛の論理」で議論してきた内容に基づいている。この科目の「授業内容」は、次のようになっている。

 

「本講義の目的は、情報文化論の一環として、現代社会の根底に内在する『愛の論理』に関する多種多様な見解を検討することにある。『愛』は、一見身近で誰でも知っている概念のように映るが、実際にその意味を明らかにしようとすると、宗教・哲学・医学・心理学・文化人類学などを駆使しても、明確に捉えることが難解なテーマである。授業では、プレゼンテーションとディベートを通して多彩な視点を議論すると同時に、メディアやネット・コミュニケーションにおける『愛』の意味や、近未来社会における新たな『愛』の概念などについても考察を進めたい」

 

この授業は3年生以上しか履修できないので、高校を卒業したばかりの学生が多い1年生と比べると、それなりに皆、成人らしい顔つきの大学生に映る。受講生は、授業の進行に応じて、私が問いかける質問に対する回答を順にコメント・シートに書かなければならないので、ほとんど私語もなく、集中して話を聴いている。

 

授業が始まると、匿名のクラスメート3名から受けた「愛の相談」を私が発表するのが慣例になっている。受講生は、その問題を論理的に分析し、対処の可能性を考察し、相談に対するアドバイスをシートに記入しなければならない。おもしろいアドバイスを思い付いた希望者は挙手して発表し、そこから真剣な議論に発展することもあれば、大爆笑が巻き起こることもある。

 

ここで読者も授業に参加しているとして、次のクラスメートの「愛の相談」に何とアドバイスするか考えてみてほしい。本書では、さらに多くの相談を議論している。

 

●大学生A「単純に人を好きになれないことが悩みです。彼氏なんていなくても人生楽しいし、むしろいない方が縛られないしラク! 好きな時に一人で好きなように遊べるし、人生最高! それが親にも心配されるレベルで、実家に帰ると、私のためにNHKの番組が録画されていました。テーマは『世界の哲学者に人生相談――人を愛せない』でした。むなしすぎ……(笑)」(文学部3年女子)

 

●大学生B「高校を卒業するとき、別の大学に進学の決まった彼女から『別れよう』と言われた。本心では『別れたくない』という気持で一杯だったのに、そのときは、なぜか自分の気持ちよりも相手の気持ちを優先すべきだと考えて、相手の言うとおりにしてしまった。今でも後悔している。その事件がトラウマになって、人と深く付き合えなくなってしまった。どうすればよいのでしょうか?」(文学部3年男子)

 

●大学生C「好きな人への愛が尽きてしまいました。今でも好きでいたいのに、一緒に何かをするのが億劫で、デートに行くのも面倒だし、LINEを返すことさえ面倒になっています。もう関係を終わりにすべきか、もう少し付き合いながら、私の考えを改めるべきか。相手が可哀そうだから仕方がないという気持ちのまま、ダラダラと交際を続けてよいのでしょうか?」(経済学部3年女子)

 

およその「愛の相談」については、このように過去の学者の見解と接点を見出せるので、学生諸君に興味を抱かせつつ、授業を進めることができる。目前にある現実世界の相談から、フランクルの「優先性・優越性」の議論に引き込み、さらにユダヤ人のフランクルがナチス・ドイツの強制収容所で受けた仕打ちについても考えてもらう。この種の授業では、学生諸君が深く追究するための出発点を与えるのが、私の仕事だと思っている。(P.41)

 

なぜ「愛」は単純なようで複雑な概念なのか、自分自身が「愛」で苦悩に陥らない方法を見出すためにも、『愛の論理学』は必読である!

<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授。専門は論理学・哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)、『反オカルト論』(光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など。情報文化研究所所長、JAPAN SKEPTICS副会長。
関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を