2018/10/16
内田るん 詩人・イベントオーガナイザー
『月刊少女野崎くん』スクウェア・エニックス
椿いづみ 著
パリ旅行の余韻(前回参照)で惚けてたら本読んでなかった!なので今回はフツーに自分の好きな漫画について思いの丈をぶちまけます!よろしく!
「月刊少女野崎くん」は、「ガンガンon-line」というウェブ雑誌で連載中の学園ラブコメのギャグ漫画です。しかしこの漫画は設定が少し特殊で、まず主人公、タイトルの「野崎くん」こと現役高校生のプロ少女マンガ家なのに、実は初恋もまだの鈍感男子の、野崎梅太郎。そして彼に恋するヒロインは、白水玉の赤い大きなリボンがトレードマークで、野崎くんのアシスタントも務める佐倉千代。この2人と、彼らの周囲の人々のドタバタした日常を描いた「漫画家の楽屋裏ネタを盛り込み、ありがちな学園ラブコメ設定を逆手に取った、メタ・ラブコメ・ギャグ」なのです。もちろん、メタ視点が介入するギャグ漫画なんて珍しくはないけれど、これは「漫画の描き方」の教材マンガが独自発展し、いつのまにかヒット作になってしまったかのような、ニッチなジャンル感があるのです!
で、これが、中高生の時にマンガ家を目指してた私にとっては、めっちゃ刺さってくる!というと変だけど、「キャラの描きわけが出来ないの、わかる!」「そう!背景描くのって難しいよね!」など、「マンガ描く人あるある」だらけで、漫画を描くのを挫折しちゃった身としては、青春のカサブタをムズムズとさせてくれる。
正直、ストーリーや設定は少女漫画によく出てくるパターンをベースにしてるので、少女漫画(家)ネタ以外はリアリティに欠ける。しかしそんなことはどうでもいいのだ。その漫画の世界ではそうなってるってことで。(と、作品の中でも描いていた。)……しかし90年代の終わりに漫画家を目指してた私は、当時人気だった作家陣、魚喃キリコ、安彦麻里絵、よしもとよしとも、かわかみじゅんこ……(敬称略)らの、少女漫画ならぬ「オトナ漫画」に衝撃を受け、「こういうリアリティが無いと面白い漫画は描けない!?」と、ファンタジックな恋愛漫画ばかり読んでいる世間の狭い自分には面白いストーリーなんか作れないだろうなと漫画を描くのを諦めてしまった。というか、「まず自分が『青春』しないと描きたいことも見つからない!」と思い、恋愛に無縁なオタク界隈と距離を取り、恋やオシャレ、夜遊びに耽る都市の若者になりたい、とバンドのおっかけをするようになり、そしてそのまま漫画を描くモチベーションを失ってしまった……。
だが、この作品を読んで、自分のヌルさを反省した。リアリティなんかなくても、自分の空想や妄想をどこまでも押し広げ、内的世界に深く潜ったとき、ありきたりな現実なんかよりももっと面白い世界を見つけることができる……それが出来るのが創作者なのだ。「リアルな」漫画を描いてる作家だって、物語や登場人物は空想の産物だ。だから作者は、その作品と一体化し、「作品」という別の宇宙を生み出せるのだ。
私は、「夢見がち」「少女漫画脳」と、漫画カルチャーに理解のない人間にバカにされるのが恥ずかしくて、自分の世界に没入することから逃げてしまっただけなのだ。
私がこの作品で一番惹かれるのは、男女が「恋愛」で結びついてないところだ。キャラクターたちは誰かを特別扱いもするし、片想い相手がいたりするけど、彼氏彼女にはならない。男女が互いを「好き」でも友人のままでいられるのだ。セックスとか結婚とか釣り合いとか承認欲求とかコンプレックスとか依存とか性差別とか裏切りとか金とかDVとか……リアルな「男と女」の間にありがちなもの、全然無くって、最高!!!
もちろん、ヒロインの佐倉千代の恋心は、このキャラクターの芯となっている。でも野崎くんと千代ちゃんは、ずっと「一方がもう一方に片想いしてる友人関係」であり、そのままで2人の関係性は深まっているのだ。「異性=恋愛」バイアスのかかった世界では、時間と共に歪んでしまいがちな危うい関係性が、この作品の中では(連載期間的に)何年も存在している。
この漫画は素晴らしいファンタジーに満ちている。ファンタジーは、私達が現実の中で最初から諦めていたこと、諦めさせられたこと、知らずに心の奥底で求めていたものを、物語を通して具現化してくれる。
たとえばそれは、男女の友人同士が、「恋愛」を介さずとも、共に青春の時を過ごせること。片想いの異性が一番身近な友人になっていくこと。異性の友人と(漫画を描くために)密室で2人きりで居ても、レイプの心配もなく、安心して空間を共有できること。
夢見がちと笑われても、妄想から生み出された「ファンタジー」こそ、矮小な現実を踏み越えて、人間の新たな理想を生み出すものではないか。魔法への憧れが錬金術を経て科学を生み、SFが宇宙船やロボットやAIを生み、恋愛小説が自由恋愛を一般化させ……民主主義だって女性の参政権だって、かつてはファンタジー同然だった。誰かが夢を見て、言葉にして、世界にそのイメージを産み落としたのだ。ファンタジーこそが、人類を前に進めてくれるのだ。
リアリティなんて時には忘れて、まだ見ぬ新しい夢をみよう!美しい未来は、きっとそこから生まれるはず!
(アニメ2期熱望!山田みつえ監督でまたお願いします!)
『月刊少女野崎くん』スクウェア・エニックス
椿いづみ 著