なぜ人は嘘を真実と思い込むのか?
高橋昌一郎『<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!』

ryomiyagi

2020/04/15

現代の高度情報化社会においては、あらゆる情報がネットやメディアに氾濫し、多くの個人が「情報に流されて自己を見失う」危機に直面している。デマやフェイクニュースに惑わされずに本質を見極めるためには、どうすればよいのか。そこで「自分で考える」ために大いに役立つのが、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」である。本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「思考力を鍛える」新書を選び抜いて紹介し解説する。

 

なぜ人は嘘を真実と思い込むのか?

 

片田珠美『自分のついた嘘を真実だと思い込む人』(朝日新書)2015年

 

連載第39回で紹介した『編集長を出せ!』に続けて読んでいただきたいのが、『自分のついた嘘を真実だと思い込む人』である。本書をご覧になれば、どのような人が嘘を真実だと思い込むのか、「イネイブラー」とは何か、どうすれば嘘を見破ることができるのか、明らかになってくるだろう。

 

著者の片田珠美氏は、1961年生まれ。大阪大学医学部医学科卒業後、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。パリ大学留学後、人間環境大学准教授を経て、神戸親和女子大学教授。現在は、臨床精神科医。専門は、精神分析学・犯罪心理学。臨床経験に基づく精神医学の解説で知られ、『他人の意見を聞かない人』(角川新書)や『なぜ、「怒る」のをやめられないのか』(光文社新書)など著書も多い。

 

さて、質問である。品川駅は、東京23区のうち何区にあるだろうか?

 

「品川駅」という名前からして「品川区」に決まっている、と思われるかもしれないが、実は「港区」に位置している。したがって、「品川駅は品川区にある」という発言は、事実に対応していないため、論理的には「偽」だということになる。

 

もし品川駅が港区にあることを知っている人が「故意」に「品川駅は品川区にある」と言えば、その発言が「嘘」であることは明らかだろう。ところが、事実を知らない人が「品川駅は品川区にある」と言っても、それは「間違いだね」で済まされることが多い。つまり、意図的に嘘を言えば「嘘つき」だが、意図的でなければ単なる「間違い」で許されるわけである。世間には、その感覚を悪用する人が存在する。

 

本書で「自分のついた嘘を真実だと思い込む人」の代表格として取り上げられている小保方晴子氏は、2014年4月の記者会見で「STAP細胞はあります」と主張し、「200回以上」作製に成功していると平然と述べた。その一方で、「私の不勉強、不注意、未熟さゆえに論文にたくさんの疑義が生じた」ことに対しては「心よりお詫び申し上げます」と謝罪して、泣き顔を見せた。これに多くの人々が騙された。

 

つまり、彼女は「決して悪意をもって論文を捏造したのではない」という論法で、世間の同情を集めたわけである。この記者会見以降、政治家や宗教家、評論家やニュースキャスターらが、公然と小保方氏を擁護するようになった。STAP細胞が「捏造」であることが立証された後でさえ、「成功した若い女性に対する不当なバッシング」だとか、「STAP細胞さえあったら大逆転」などという妄想が日本中に蔓延した。

 

この妄想を可能にしたのが、嘘を真実と信じる周囲の「イネイブラー」なのである。記者会見を見た片田氏は、小保方氏が「空想虚言症」であることを確信したという。私は当時、『週刊新潮』で小保方氏周辺に生じる「お花畑現象」を分析し、「STAP事件は現代のオカルト」だと位置付けた(高橋昌一郎『反オカルト論』光文社新書)。

 

さて、それでは、どうすれば嘘を見破ることができるのか。片田氏は、次の9個の「質問法」が効果的だという。

 

(1)相手に説明させる(疑っていることを悟られないように相手に喋らせる)。
(2)「はい」か「いいえ」を求める(情報は伏せて事実関係を確認する)。
(3)否定形で聞かない(相手を助けるので「~していませんよね」とは聞かない)。
(4)どちらかを選ばせる(2つの選択肢を挙げて1つを選ばせる)。
(5)相手の答えを繰り返す(相手が、さらに話を盛り上げる可能性がある)。
(6)事実を膨らませて尋ねる(故意に大袈裟に尋ねて相手に本音を語らせる)。
(7)ずれた問いかけ(相手が事前に準備している作り話を途切れさせる)。
(8)相手を釣る(すでに証拠を攫んでいるようなニュアンスで問いかける)。
(9)わなにかける(相手が新たに作り話をしなければならないように追い込む)。

 

嘘つきの周囲には、嘘をつき続けることを可能にし、ときには嘘に拍車をかけるイネイブラーが存在することが多い。一度イネイブラーになってしまうと、嘘の呪縛からなかなか抜け出せない。誰かを信じるということは、その人を信じている自分を信じることでもあるので、嘘の証拠を目の前に突きつけられても、なかなか受け入れられないからである。”(P.41)

 

なぜ「嘘」は精神医学的に複雑なのか、自分が簡単に「イネイブラー」に陥らない方法を知るためにも、『自分のついた嘘を真実だと思い込む人』は必読である!

<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授。専門は論理学・哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)、『反オカルト論』(光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など。情報文化研究所所長、JAPAN SKEPTICS副会長。
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