akane
2019/04/01
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村上宣寛『あざむかれる知性』(ちくま新書)2015年
連載第14回で紹介した『データ分析の力』に続けて読んでいただきたいのが、『あざむかれる知性――本や論文はどこまで正しいか』である。本書をご覧になれば、よく話題に登場する「ダイエット・健康・人事・幸福」などについての「常識」がいかに当てにならないか、なぜ「人間はここまで愚か」なのか、どうすれば本当に頼れる知識を入手できるのか、明らかになってくるだろう。
著者の村上宣寛氏は、1950年生まれ。同志社大学文学部卒業後、京都大学大学院教育学研究科修士課程修了。現在は富山大学名誉教授。専門は認知心理学。とくに性格測定に関する研究で知られ、『性格のパワー』(日経BP社)や『「心理テスト」はウソでした』(講談社+α文庫)など、著書・論文も多い。
本書の結論を先に述べると、さまざまな科学的知識の中で「もっとも信頼性が高いのは、ランダム化比較試験をメタ分析という統計技法でまとめたレビュー論文(システマティック・レビュー)」だということになる。
科学の世界では、特定の仮説を検証するために、さまざまなシチュエーションでランダム化比較実験が行われ、その結果が論文となって発表されている。これら複数の論文を総合的に解析(メタ分析)して、公正な結論を提示しようとするのが「システマティック・レビュー」である。この方法で書かれたレビューが、単一の論文よりも信頼性が高いのは明らかだろう。
たとえば「炭水化物を制限すると痩せる」という仮説がある。2014年に発表されたシステマティック・レビューは、総摂取カロリーを統制したうえで体重減少にどの程度の効果があるのか、「炭水化物制限ダイエット」(炭水化物エネルギー比45%以下摂取)と「バランスダイエット」(炭水化物エネルギー比45~65%摂取)をランダム比較実験した179の論文から19の論文を抽出して、総合的な評価を行っている。
その結果によれば、3~6カ月後に限っては「炭水化物制限ダイエット」の方に、わずかな効果が認められたが、1~2年後には効果がなかった。血圧、コレステロール、中性脂肪、空腹時血中ブドウ糖にも有意差が認められなかった。つまり、「炭水化物制限ダイエット」と「バランスダイエット」には、実質的な相違がなかったのである!
そもそも肥満の最大の原因は、摂取カロリーが消費カロリーを上回って、超過分のカロリーが脂肪として蓄えられることにある。したがって、摂取カロリーを減らすか、消費カロリーを増やせば(さらに、その両方を実行すれば)、痩せることは明白である。
ところが、世の中にあふれている「ダイエット法」は、そもそも総摂取カロリーを統制していないため、痩せたとしても、原因がそのダイエット法にあるのか、摂取カロリーが減ったからなのか不明である。よく宣伝されている1日1回~2回の食事を青汁やジュースに変えるダイエット法は、単純に食事回数を減らすダイエットと実質的に相違がないかもしれない。
「朝食を抜くと太る」という仮説もある。この仮説を裏付ける調査結果は多いのだが、やはり総摂取カロリーを統制していないため、意味を成さない。2013年に発表されたシステマティック・レビューによれば、「朝食抜き」と「肥満」には、相関関係はあるが因果関係はない。
忙しい現代人の多くは、朝ゆったりと調理や食事をするような時間がないから、自動的に「朝食抜き」になる。不規則な時間に空腹になるので、コンビニのジャンクフードに頼る。だから総摂取カロリーが増加し、肥満を招いているのかもしれない。要するに、「朝食抜き」と「肥満」の間には、さまざまな他の要因が潜んでいるため、因果関係を断定できないわけである。
村上氏が「根拠がない」と喝破するのは、「ローフード・ダイエット」、「パレオ・ダイエット」、「炭水化物制限ダイエット」、「高タンパク質ダイエット」、「高脂質ダイエット」などなど。医師が書いて大流行している「トンデモ本」についても、クールに手厳しく批判している。
研究論文は星の数ほどある。実証科学では、ある特定の仮説を支持する研究が100%ということはあり得ない。支持する研究はあるが、支持しない研究もある。ウェブや書物の科学記事の大部分は、自分の意見に添う研究のみを取り上げ、他を無視するという方法で書かれている。つまりは、つまみ食い的評論で、自分の意見を科学的に装っているだけである。(P.9)
なぜ根拠のないダイエットに飛びついてしまうのか、「システマティック・レビュー」の威力がどのようなものかを理解するために、『あざむかれる知性』は必読である!
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