人件費と医療費を極限まで削る「民営刑務所」の恐るべき実態とは

金杉由美 図書室司書

『アメリカン・プリズン』東京創元社
シェーン・バウアー/著 満園真木/翻訳

 

 

引き続きコロナの影響で不本意な自粛生活を送っている今日この頃。
そんな状況下で、もっともっと不自由な刑務所の中に思いを馳せてみようかしらどうかしらと本書を手に取ってみた。

 

とんでもなかった。
いろんな意味で。

 

アメリカの人口は世界全体の5%なのに、囚人数はなんと25%にもなるらしい。
全世界の囚人の4人に1人!驚異の市場占有率!

 

そして全米150万人の受刑者のうち、13万人が民営刑務所に収監されている。
民営であるからには利益の追求は避けられない。

 

アメリカにおいて刑務所は巨大な利潤を生みだすビジネスモデルなのだ。

 

本書の著者シェーン・バウアーは、CCAという企業が運営するルイジアナ州のウイン矯正センターに看守として雇用され、4ケ月間の潜入取材を敢行する。

 

内部から見た、民営刑務所という閉ざされた世界。
そこでの日常は、想像を絶する。

 

そもそも刑務官という責任の重い職種なのに最低賃金しか支払われないため(経費削減)なかなか成り手がいない。だから犯罪歴があろうが人格に問題があろうが応募してくる人間を片っ端から採用。

 

囚人が問題行動を起こしても、刑務官の人数が足りないため(経費削減)報復を恐れて取り締まることが出来ない。

 

受刑者たちは運動・教育・作業などのプログラムに参加することになっているが、実際は行われていないため(経費削減)一日中ぶらぶらしている。

 

収監中は病気や怪我でも病院に搬送されないため(経費削減)治療が手遅れになることも多い。

 

とにかく利益をあげることが至上命令なのだ。
囚人を預かってさえいれば政府から確実にお金が入るのだから、如何に経費を抑えるかが会社としては重要になってくる。真っ先に削られるのが人件費と医療費。

 

そのしわ寄せで管理は手抜きになってくる。
昼食も日によって11時だったり15時だったり。

 

点呼もベッドに寝っ転がったまま。
監房をチェックすると何百個も手製の武器が見つかる。スマホも見つかる。麻薬も見つかる。
喧嘩がおきる。窃盗がおきる。殺人がおきる。
刑務官に受刑者がセクハラやパワハラをする。
時々監査が入るけど癒着しているので基準を満たしていなくてもパスしてしまう。
ユルすぎる!

 

校内暴力がはびこっているダメダメな底辺校以上のユルさ。
ドキュメンタリー番組なんかで目にする日本の刑務所は分刻みのスケジュールと厳しい規律で管理されているけど、ここにはそんなものは存在しない。
これ、暴動とか脱獄とか起きないのがむしろ不思議。

 

ここで働くうちに著者の精神状態に変化が起きてくる。
誰かに襲われるのではないか記者であることが発覚するのではないかというストレスに加え、「他者を支配する権限」を持っているという意識が、彼の中の何かを徐々に捻じ曲げていく。
本人も自覚しながら抑えることのできないこの変化がサスペンス小説並みに恐ろしい。

 

本書で描かれるアメリカ刑務所の歴史もまた凄まじい。
それは南北戦争時代まで遡る。
奴隷制度廃止により不足した労働力を補うため、囚人を貸し出すというアイデアが生み出されたのだ。やがて刑務所自体が官営の農園と化して囚人を使役するようになる。

 

奴隷は大切な財産だが、囚人は使い捨て。死んでしまってもいくらでも代えがいる。
奴隷より過酷な環境で拷問を受けながら働かされ、虫のように死んでいく囚人たち。
綿花産業の隆盛や鉄道事業を支えたのは、囚人の労働力だった。
やがて受刑者が増え刑務所が過密になり、民営刑務所が誕生する。

 

刑務所の歴史も現状も酷いとしかいいようがないが、その根底には「罪人に税金をつかいたくない」という国民の意識がある。
刑務所は更生施設ではなく、犯罪者を隔離しておくためのゴミ溜め。
そして腐りきったウィン矯正センターも、腐り始めた著者も限界に達する…

 

強烈な読後感。
とりあえず「本当の不自由」がどういうものか、ちょっとだけでもわかった気がした。

 

こちらもおすすめ。

 

ルポ老人受刑者』中央公論新社
斎藤充功/著

 

日本の刑務所は、アメリカとは違う問題を抱えている。

 

受刑者の高齢化。
老化による体力の衰えや認知症で介護が必要になった受刑者たちに迫るルポルタージュ。
高齢の著者だからこそ踏み込めた部分も多いかもしれない。

 

 

『日本の異国』晶文社
室橋裕和/著

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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