akane
2019/02/18
akane
2019/02/18
スラム取材をルポとして発表してみて気がつくことがある。それはスラムと裏社会を同一視する人が多いということだ。たしかに貧困層が犯罪組織と結びつきやすいという事例は、中南米からアメリカ全土で勢力を拡大するMS13のような凶悪ギャング組織など、世界各地で見られる。
だが、実際にスラムと裏社会を取材している立場からすれば、両者はまったく別の存在だと断言できる。エリアやコミュニティのことを指すスラムに対して、犯罪者の集団である裏社会の「組織」とではそもそも種類が違う。これらを同一視する誤解が生まれるのは、スラムに犯罪組織の構成員が住んでいることが多いからだろう。同じ場所に暮らしていても価値観や考え方がまったく異なるのは、日本を見ても明らかであろう。スラム街に暮らす人々のなかには、いろんな価値観の人がいる。先入観での決めつけはスラム街の本当の姿を見誤りかねないと再度強調しておきたい。
また、この見方は裏社会に生きる人々とて同じことで、残虐な犯罪をしているギャングメンバーであっても、個人個人を見ていけば、喜怒哀楽もあるし、家族だっている。そのあたりは我々となんら変わりない。もし違うことがあるとしたら、犯罪組織ならではの特徴的な危険な考え方があることだ。
私が見た限り、裏社会の考え方の特徴としては、「縄張り」「ボスへの忠誠(裏切りの禁止)」「アンチ警察」が際立っているようだ。それぞれ言葉の意味をなぞるのではなく、私が実際に見てきた範囲の実態を通じて説明していこう。
まず、彼らの「縄張り」だが、国境のようにフェンスやゲートが設けられるといった、具現化された明確な線引きがあるのではなく、組織の影響力が及ぶ範囲のことをいう。最小単位は建物だけだったりする。大きくなると都市全体や複数都市を支配下に置いている。概ね組織の数だけ縄張りが存在している。縄張りを持たない組織は存続し得ないからである。
縄張りとは、つまるところ犯罪組織が、所属する集団を食わせるための経済基盤なのである。自分たちの支配エリアの中でなら、カツアゲや強盗、麻薬の取引をしても他の組織から怒られたりすることもなく、敵対的に動くとしたら警察だけである(警察からすれば取り締まりなのだが)。とはいえ、あまりやりすぎると警察の介入が本格化してしまう。裏社会には裏社会なりの秩序が存在しているのだ。
秩序は縄張りを守ることで保たれる。たとえば、対立組織というのは、隣り合うことが多い。時代や地域、規模のいかんを問わず、隣人とは相容れないというものである。犯罪組織も例外ではない。お互いの領域を侵さないは、もっとも基本であり、最重要なルールでもあるのだ。
エリアの縄張りは通りを境界線にしている。そこを別組織のメンバーが踏み越えたら、「殺す理由」として十分なものになる。以前、ジャマイカを取材したときに、私がアテンドを頼んだギャングは、「この先の通りまでは俺たちの縄張りだが、そこを越えたら殺されても文句を言えない」と語ってくれた。それほどまでに裏社会のルールというのは絶対なのだ。
このあたりは裏社会系の作品を見ていたら仕入れられる知識かもしれないが、実物のギャングに出会ったら、直接聞いてみようと思っていたことがあった。
「普段の生活で縄張りから出ないの?」
これである。人間である以上、自分の生まれた場所や生活圏から出なければいけないこともあるだろう。そういうときにどうしているのか。
アメリカ・ロサンゼルスのサウス・セントラル。グレープ・ストリート・クリップスというギャングを取材した。彼らは黒人のギャンググループとして最大規模の「クリップス」の一派で、数百人は所属しているという大所帯のメンバーだった。犯罪歴や生活のスタイルといったインタビューを重ねていくうちに縄張り出入り問題についての質問をしてみた。
「あなたたちは縄張りから出ないんですか?」
「出ない」
「でも、買い物とか、役所とかの手続きとかあるじゃないですか」
「だから、出ないんだよ」
苛立っているのがわかる。その後もあれこれ聞いてみたところ、「車で通過するとしても顔を隠すよ」。最後の方でようやく本音のような部分を聞くことができた。
彼らが自分たちの縄張りを出ることは本当に滅多にないことらしい。ジャマイカでも聞いたことだが、よそ者が別の組織の縄張りに入るだけで抗争の原因としては十分というところは同じなのである。
ただ、この点に関して、別の視点からの興味深い意見も聞くことができた。ロスでの取材の後、現地で通訳をしてくれた知人が、「彼らは縄張りの中にいると強いけど、一步外に出たらものすごく不安そうなんだよ」と言ったのだ。続けて、「だから彼らは、縄張りの外で就職することも進学することも難しいんだ」とも言った。そこに含まれるニュアンスを理解してからは、縄張りが「支配エリア」ではなく、「監獄」のように見えてしまった。
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