akane
2019/08/15
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2019/08/15
※本稿は、山口慎太郎『「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
日本でも「育休先進国」並みに、3年間の育児休業を認めることが女性の就業を増やすのではないかという議論があります。
経済学やデータ分析の立場から、この育休3年制の是非について何が言えるのでしょうか。
すでにあるデータを活用し、女性の出産や就業行動について分析することで、その行動原理を数理モデル化しました。
その上で、「育休3年制」が導入された場合に、女性の出産や就業行動がどのように変化するかをコンピュータ上でシミュレートし、何が起こるのかを予測しました。
データ分析から、女性の就業行動原理を理解する上でいくつかの重要な発見がありました。
第一に、正社員の仕事を見つけるのはかなり難しいということです。
たとえば、ある年に主婦であった人が、翌年、非正社員の仕事に就く確率は10パーセントほどですが、これが正社員になるとわずか1パーセントにとどまります。
本人のスキルや雇用形態についての志望といった要素を考慮しても、正社員として就業するのはかなり難しいという結論は変わりませんでした。
いちど正社員の仕事に就いたら、在職中に次の仕事を見つけるのでもない限り、正社員の仕事を辞めないことが、女性のキャリアにとって重要になります。
これは、育休による雇用保証が重要であることを示唆しています。
第二に、幼い子どもを育てながら働くのはもちろん大変ですが、子どもが1歳になると、そうした負担は大きく減るということです。
この理由の一つには、0歳児保育を見つけるのに比べると、1歳児保育は比較的見つけやすいことが挙げられます。
また、子どもが1歳になるまでは、子どもの発達や母子の感情的な結びつきを重視して、自らの手で育てたいと感じているお母さんが多いことも関係しています。
そうしたお母さんにとっては、子どもがまだ1歳にならないうちに、子どもを預けて仕事に出るのは精神的な負担になります。
子どもを育てながら働く大変さは、子どもがいくつになってもなくなるものではありません。それでも、子どもが大きくなるにつれて、その負担感が少しずつ減っていくことを実感される方が多いようです。
そして、その負担感は、0歳児と1歳児で大きく異なるというのがここでのポイントです。
子育ての負担感がとりわけ大きな時期を、制度的にサポートしようという現行の育児休業制度が、働くお母さんの大きな助けになっていることが示唆されています。
第三に、大多数の人にとって、育児休業によって大きくスキルを失ってしまう心配は当てはまらないということです。
たしかに、育休を取ることでキャリアを諦めなければならないくらいの失点になってしまう人もいないわけではありません。そうした人々にとって重大な問題であることは間違いのないことです。
しかし、数カ月から1年程度の育休がキャリアにとって「致命傷」になってしまうのは、ごく限られた高度な専門職、管理職などにとどまります。
もちろん、育休から復帰して仕事のやり方を思い出し、調子を取り戻すのには苦労をともないます。それでも、育休取得のために職業上の能力の多くを失ってしまうのは一部の人にだけ当てはまるようです。
賢明な読者のみなさんには、何を当たり前のことをいまさらとお叱りを受けそうですが、こうした論点をデータできちんと確認することは、間違いのない判断のためには必要ですし、これらの論点の重要性を定量的に踏まえることは、シミュレーションを行う上で不可欠なのです。
「常識」を数値化するのは、回りくどいと感じるかもしれませんが、最善の予想を立てる上では避けて通れません。
さて、こうしたデータ分析の結果を踏まえ、経済学の理論を織り込んだ予測によると、育児休業制度はお母さんの働き方をどのように変化させるのでしょうか。
(1) 1年間の育休は母親就業にプラスの効果
シミュレーションの結果によると、1年間の育休が取得可能な今の制度は、お母さんの就業を大きく引き上げることがわかりました。
育休が全く制度化されていない場合と比べて、現在の育休制度は、出産5年後に仕事をしている母親の割合をおよそ50パーセントから60パーセントに引き上げているようです。
(2) 育休3年制に追加的な効果はなし
ところが、今の制度を変更して、育休期間を3年間に延長することにはさほど大きな効果がないと予測されました。
育休3年制を導入しても、出産5年後に仕事をしている母親の割合は現在に比べて1パーセントしか増えないようです。
(3) 育休は3年もいらない
育休3年制への移行が大きな効果を持たないと予測されているのは、多くの人は育休を3年間も必要としていないと考えられるためです。待機児童問題が深刻であるとはいえ、子どもが1歳になれば、無認可も含めて保育園の利用もより現実的に可能になります。
また、育休3年制のもとでも、給付金がもらえる期間が1年であるならば、2年目以降は家計所得が大きく落ち込みます。多少の苦労があっても、収入のために仕事復帰したいと考えるお母さんが多数派であると予測されています。
こうした理由で、育休3年制が導入されたとしても、実際に3年間育休を取る人はあまり多くないのではないかと考えられます。
したがって、今よりも手厚い育休3年制に移行したとしても、お母さんの就業に大きな影響を与えないでしょう。
最後に、日本の育児休業制度は今後どのような方向に向かうのが望ましいのかを考えてみます。
お母さんの仕事復帰を考えると、今の1年間がちょうどいい長さのようです。
保育園が見つからないという個別の事情があれば、必要に応じた延長も認められているので、今の制度以上に育休期間を延ばす必要はないでしょう。
育休中に支払われる給付金についても、現行制度以上に引き上げたり、給付期間を延長したりすることには慎重になるべきだと、筆者は考えています。
その理由の一つは、お母さんの就業と子どもの発達を考えるならば、育休よりも保育園の充実にお金を使うべきだからです。
保育園の充実がお母さんの就業と子どもの発達に及ぼす影響については章を改めてお話ししますが、育休の充実よりも効果的です。
もちろん、育休の給付金のお金を保育園に回すというのは、制度上単純な話ではないのですが、社会全体でのお金の使い方としてはより有効だと考えています。
もう一つの理由は、育休の給付金の充実は、金持ち優遇につながりかねないという心配があるためです。
給付金額は、育休前に得ていた所得に比例するため、所得の高い人ほど給付金額も大きくなります。こうした制度を大きくしてしまうと、貧富の格差を拡大してしまうことにつながりかねません。
貧富の格差拡大を受け入れるかどうか自体は、人々の価値観の問題ではありますが、少なくとも制度変更が社会に何をもたらすかについては、よく理解した上で議論されるべきでしょう。
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