akane
2019/07/04
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2019/07/04
征爾の「集中力」は、指揮台の上ばかりでなく、いろんな場合に威力を現わす。
一九六七年夏、僕は征爾が音楽監督をしていたシカゴ交響楽団の「ラヴィニア音楽祭」に行ったあと、二人一緒に飛行機でニューヨークに向かうことになった。
まだ飛行機に乗りなれていなかった僕は、座席についてもソワソワして、シートベルトを着けたりはずしたりしていたが、征爾は席についてシートベルトをしめたとたん、
「じゃ、オレ寝るからな。おやすみ」
と言ったかと思うと、すぐにグーグーものすごいイビキをかきはじめた。もちろん、飛行機が離陸するときも目を覚まさず、ニューヨークに着くまで寝ることに「集中」していたのには、あきれるばかりだった。
ラヴィニア音楽祭のある演奏会のときも、本番前に会場(野外)でリハーサルをやり、いったん家に帰って軽く食事をしてから、征爾は例によってお昼寝をはじめた。
僕もつきあってソファーに横になっているうちにウトウト寝てしまい、目が覚めたら、もうコンサートの開演十分ぐらい前だった。
「たいへんだ。間に合わないッ」
とさけぶ僕に、征爾はゆう然と、
「大丈夫。間に合うよ」
と言って、ムスタングのオープンカーの助手席に僕を乗せて、会場のラヴィニア公園まで飛ばしていった。
大きな公園の中の野外の会場は、ステージに屋根があるだけでお客さんは星空の下のベンチに座って聞くわけだが、もうそのベンチには満員のお客さんがつめかけていて、ステージの上ではシカゴ交響楽団が、すでにチューニングをやっていた。
僕たち二人の乗ったオープンカーが、満員のお客さんのうしろを回って、ステージの下手(しもて/アメリカでも「下手」と言うのかどうか)のわきに着いたのが、お客さんからは丸見えで、はじのほうのお客さんが、
「あ、オザワだ。きたきた」
なんて、こっちを指さして言ってるので、僕はちょっぴりテレくさかったが、征爾はアッという間にステージのそでに止まってるトレーラーの中で着換えをして、ステージに飛び出していった。開演は、ほとんど定刻だった。
征爾は日本でコンサートをやるときも、開演前に必ず寝る。
例えば、上野の東京文化会館で七時開演だとすると、五時から六時ごろまでゲネプロ(会場練習)をやったあと、自分の楽屋のななめ前にある畳の部屋に布団をしいておいてもらって、そこで七時五分前ぐらいまでグーグー寝るのだ。
オーケストラの人たちが、ステージでもうチューニングをやっているころに、
「ああ、よく寝た」
なんて言いながら、はれぼったい目で出てきて、自分の楽屋に戻り、森英恵さんデザインの、例のやわらかな仕事着を身につけながら、これからやる曲のスコアを、超スピードでめくってから、サッとステージに飛び出していく。
要するに、征爾は、どこでも、いつでも、「寝よう」と思えば、即座に「リラックス」して寝ることに「集中」できる、一種の才能を持っているみたいだ。
この記事は『やわらかな兄 征爾』(小澤幹雄・著)より、一部を抜粋・要約して作成しています。
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