akane
2019/08/13
akane
2019/08/13
※本稿は、山口慎太郎『「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
ドイツでは、1950年代なかばに初めて育児休業制度が導入されました。
期間は2カ月間で、給付金は休業前賃金とほぼ同額が支払われていました。
その後1979年から1993年にかけて少しずつ育休改革を行い、1993年には育休期間が3年にまで延ばされました。
給付金は最初の2カ月間は休業前賃金と同額ですが、そこから後は減額されて、当時の為替レートで月4万円弱(当時は歴史的な円高でしたから、この数字は実態よりも小さく見えるかもしれません)ですが、最大24カ月受け取ることができます。
ここでの政策評価の基本的な考え方は、育休改革直前に出産した人と、育休改革直後に出産した人を比べ、出産後の仕事復帰までの期間や子どもの発達に違いがあるか検証するというものです。
この考え方に基づくと、育休改革直後に出産した人のほうが、改革直前に出産した人に比べて、出産1年後に働いている割合が高ければ、育休改革はお母さんが仕事を続ける上で助けになったと結論づけることができます。
このやり方で育休改革の効果を正しく測るには、改革直前に出産した人々と、直後に出産した人々の間に大きな違いがないことが前提です。
両者の違いが、法律で認められた育休期間だけである場合、両者を比べることで政策の効果がわかります。
仮に両者が職歴や学歴、年齢などの面でも異なる場合、出産1年後に働いているお母さんの割合が改革前後で増えていたとしても、それが制度改革のおかげなのか、それとも職歴などの違いのせいなのか判断がつきません。
ドイツの政策評価では、改革の直前・直後3カ月といった短い期間に限れば、改革前後でお母さんの年齢などにほとんど違いがないことが確認されています。
ドイツの政策評価によると、育児休業期間を延ばすほど仕事への復帰が遅くなり、お母さんが家で子どもを育てる期間が長くなりました。
復帰が遅くなると心配なのは、長期的な就業率への悪影響ですが、幸い、出産4~6年後の就業率はほとんど下がっていませんでした。
同様の政策評価はオーストリア、カナダ、ノルウェーなどでも行われました。
これらの国々の結果も合わせて全体として見ると、1年以内の短期の育休制度はお母さんの出産数年後の就業にとって悪影響はなく、あるとすれば多少プラスの効果がみられたようです。
雇用保証があることで、スムーズな仕事復帰の助けになる効果があると考えられています。
一方で、それ以上に長い、たとえば3年の育休制度はお母さんの就業にとってわずかにマイナスの影響があったケースが多いようです。
特に、給付金が長期にわたって支払われるようなケースだと、お母さんが家で子どもを育てるほうが得だということになってしまうため、仕事復帰が遅くなってしまいがちです。
育休取得期間があまりに長くなってしまうと、仕事のスキルも習慣も失われてしまうため、長期的にはお母さんの就業にとってマイナスになってしまうようです。
ドイツでの政策評価によると、育休制度を拡大するごとに実際に取得される育休期間も延びて、お母さんが家庭で子どもを育てる期間が増えたようです。
これはドイツ政府からすれば狙いどおりでした。もともと政策の目的が、子どもとお母さんが一緒に過ごす時間を増やすことだったのです。
しかし、そもそもなぜお母さんが自ら子どもを育てることが、子どもの発達にとって良いことだと考えられているのでしょうか。
その根拠の一つは、第2回で考えた「母乳育児」にあります。
働いているお母さんが母乳育児を行うことは非常に大変ですが、育休中ならば母乳育児がやりやすくなります。前に触れたとおり、母乳育児には子どもの健康にとって一定のメリットがありますから、育休制度の充実は子どもの発達にとって有益になりえます。
もう一つの根拠は「愛着理論」と呼ばれています。
心理学者によると、生まれてから最初の1年における母子関係は、子どもの認知能力や社会性を育む上で重要な役割を果たしているそうです。一方で、子どもが大きくなると、家族以外の子どもや大人と関わりを持つことが発達に有益であると考えられています。
いずれの根拠も筋が通っているように見えますが、実際のところはどうなのでしょうか。
ドイツをはじめとして、いくつかの国々での政策評価では、育休制度の充実が子どもの発達に与える影響を検証しています。
政策評価の方法は、育休改革前に生まれた子どもと、育休改革後に生まれた子どもを比較するというやり方です。
ドイツでは、育休改革後に生まれた子どもたちは、改革前に生まれた子どもたちよりも、生後、お母さんと一緒に過ごした時期が長いことがわかっています。
これが子どもたちにどのような影響を与えたかが評価のポイントです。
ドイツでは子どもへの長期的な影響に関心があったため、高校・大学への進学状況や、28歳時点でのフルタイム就業の有無と所得を調べました。
その結果、生後、お母さんと一緒に過ごした期間の長さは、子どもの将来の進学状況・労働所得などにはほぼ影響を与えていないことがわかりました。
同様の結果は、オーストリア、カナダ、スウェーデン、デンマークにおける政策評価でも報告されています。
先に述べた「愛着理論」のように、子どもが幼い間、特に生後1年以内は母子が一緒に過ごすことが子どもの発達に重要であると考えられてきましたが、データは必ずしもこうした議論の正しさを裏づけてくれませんでした。
では、子どもにとって、育つ環境などどうでもいいということなのでしょうか。
もちろん、そんなことはありません。
各国の政策評価を詳しく検討してみた結果わかったのは、子どもにとって育つ環境はとても重要であるけれど、育児をするのは必ずしもお母さんである必要はないということです。
きちんと育児のための訓練を受けた保育士さんであれば、子どもを健やかに育てることができるようです。
実は、上で挙げた国々と異なり、ノルウェーでは育休制度の充実により、お母さんと子どもが一緒に過ごす時間が増えた結果、子どもの高校卒業率や30歳時点での労働所得が上昇したことがわかりました。
ただ、育休改革が行われた1977年当時のノルウェーでは、公的に設置された保育所が乏しく、保育の質が低かったと考えられています。
したがって、お母さんが働く場合、子どもたちは発達にとって必ずしも好ましくない環境で育てられていたということになります。
育休制度が充実することで、お母さんと子どもが一緒に過ごせるようになれば、子どもたちは質の悪い保育所に預けられることはなくなり、その結果、子どもは健やかに育ったというわけです。
株式会社光文社Copyright (C) Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.