ryomiyagi
2020/08/29
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2020/08/29
『首里の馬』
新潮社
「芥川賞の受賞は、本当にありがたかったです。土俵際ギリギリで首がつながりました。あと何作かは書かせていただける、書いても大丈夫だと思えることができましたのでホッとしました」
そう満面の笑みで話す高山羽根子さん。
「芥川賞を受賞すると自由に書けるようになるなど、作家としての人生が変わるといろいろな方に言っていただきましたが、これまでも不自由に書いてきたつもりはありませんので、私自身は大きく変わるとは思っていないんです。ただ、芥川賞はテレビのニュースで流れますから、日ごろ本を読まれない人にも伝わります。それが嬉しいですね。親戚も“えっ!?”という感じでした」
’09年に「うどん キツネつきの」で第1回創元SF短編賞佳作を受賞し、同作品がアンソロジー『原色の想像力』に収録されてデビューした高山さん。5年後の’14年に出た、同作を含む短編集『うどんキツネつきの』は第36回日本SF大賞最終候補に残るほど高い評価を受けました。さらに4年後の’18年、2作めとなる短編集『オブジェクタム』を発表。’16年に同書収録の「太陽の側の島」で第2回林芙美子文学賞大賞を受賞します。
「実は2冊めを出すまで作家になったことを母に伝えていなかったんです。ある日、突然母から『高山羽根子とはあなたのことですか?』とLINEがきまして(笑)。母の知り合いで文芸誌を全部読んでいるという方がインタビューの写真を見て私だと気づいたそうです。『なんでバレたの?』と焦りました(笑)。というのも、私は子どものころからずっと美術をやっていまして、大学も美大で日本画を専攻していたものですから」
就職後もグループ展をやったり公募に応募したりとアート活動を続けていた高山さんですが、徐々に仕事が忙しくなり、絵を描く時間が取れなくなっていきました。
「もともとスケッチブックに絵と簡単な文章を書いていましたので、文を書くことに抵抗はありませんでした。でも、どれも思いついたことを散文のように書いていただけで、物語にはなっていなかった。小説を最後まで書いたのは34〜35歳が初めて。転職して時間ができ、創作する環境になったので大学の社会人コースにあった小説創作のクラスを取りました」
この創作教室は小説の書き方を習う場というより、互いの作品について講評し切磋琢磨し合う場だったそうです。
「自分の作品を目の前で他人が読んでくれて笑ってくれたりするんです! 面白がってもらえるのが楽しくて気がついたら、6〜7枚の掌編しか書けなかったのが20 枚、70枚と徐々に書けるようになっていきました。
それから、あらゆる賞に応募しました。たまたま’09年に短編『うどん キツネつきの』でSFの新しい賞の佳作をいただくことができました。自分の作品がいいとか悪いとか考える以前に、自分の小説を面白いと思ってくれる人がいるという喜びが大きく、小説を書くということに強烈な魅力を感じてしまった。呪いにかかったようなものです(笑)」
日本画家から作家へというと劇的な転身のように思えますが、高山さんに違和感はありません。
「私が書いているのは登場人物たちの内面というより、その人が立っている場所とその人自身の関係性について。それをいろいろなやり方で語っている感じです。内面を掘り下げていくというより、その人の立っている場所やまわりを丁寧に描くことでその人自身を描
いていると思っています。
私は、今いる場所は自分が思っているよりもずっと奇妙な場所だと考えています。ワンダーというか変なものというか。宇宙より、今自分がいる場所のほうがよほど驚異的、ヤバいって(笑)。いい意味悪い意味の両方でヤバいと思う。だからこそ、目の前にある、ごく普通の街角の植え込みという存在自体がすごい、ということを言い続けていきたいんです。
これは日本画にも通じます。日本画には森羅万象全部を自分の目で見て描き写すという特徴があります。私の小説は日本画の文章版。小説で森羅万象や人の人生80年全部を描き写す気持ちです」
受賞作の『首里の馬』は、沖縄を舞台にした中編小説です。
主人公の未名子は20代半ばで、那覇市内にある雑居ビルの3階にある“スタジオ”で世界各地に住む人にオンラインでクイズを出す仕事をしています。この仕事のないときは、民俗学者である順さんが開いた郷土資料館で資料を整理して過ごしていました。そんな未
名子が一人で住む家の庭に、ある台風の夜、一頭の宮古馬が迷い込んできます。混乱するなか、未名子は迷い馬として駐在所に届けるのですが……。
「旅行で沖縄によく行っていたのですが、その経験が積み重なり、一つの物語になっていきました」
高山さんは執筆のきっかけについてそう語ります。
「沖縄は、縄文時代の骨が発見され、王朝があり、戦争の舞台になり、戦後は軍事拠点となり、と時代時代でさまざまなことがあった土地です。私には、時代ごとの情報が沖縄の土地に廃棄されずにずっと残っているというポジティブな感覚がありました。
この作品では“記録すること”がモチーフになっていますが、私は知性の保存には信頼があると考えています。集合知と言ってもいいと思うのですが、例えば、今回の新型コロナウイルスについても人類は知性で何らかの解決策をきっと見出いだせるはずだという信頼があるんです。作中、順さんが集めた資料を未名子は一人で判断してデジタルデータにして残します。情報が残っていれば何かに使えるかもしれないし、使えなかったとしても、その思考みたいなものは残ると未名子は考えるわけです。彼女が思った、そういうことを書こうと思いました」
そんな未名子は、一方で“世界中の人にオンラインでクイズを出す”という、一風変わった仕事もしています。
「クイズは知恵比べであり、答えが合っているかどうかを確認する作業です。人類の歴史上、長く娯楽たり得ていますが、それはクイズが知の楽しさや喜びを呼び起こすからだと思うんですね。そこから思いついたのが、未名子のこの仕事です。ギリギリありそうなことを書きたいので、いつもあれこれ考えています」
この“ギリギリありそうな奇妙なこと”として印象的なのが前述した、台風の夜、宮古馬が突然庭先に現れる場面。一見、不思議な感じがするかもしれませんが、物語のなかにすっぽりとハマり、ページを捲る推進力になっています。
「SF小説を書いてきたので、ギリギリありそうでないことを書くことにはある程度自信があるかもしれません。SFだからといって、物語の冒頭から人が空を飛んでいたら読者は魔法使いだと思います。そう思わせないための、物語の振り回し方のような技術は自分のなかに育ててきたと思っています」
この作品、ラストの未名子の心の声が胸に刺さり、グッときます。そう伝えると、これからも「絶望ではなく希望を書いていきたい」と高山さん。新作を心待ちにする作家がまた一人、誕生しました。
2014年
『うどん キツネつきの』
東京創元社
パチンコ店の屋上で拾った、大きな声で鳴く奇妙な犬を飼育する3人姉妹。その犬に「うどん」という名前を付けた姉妹たちの日常と成長を描く(「うどん キツネつきの」)。敷金0礼金0という古いアパートで暮らす人々を小学4年生の少女の視点で描く(「シキ零レイ零 ミドリ荘」)ほか3編。
2018年
『オブジェクタム』
朝日新聞出版
小学生のころ、祖父はいつも秘密基地で壁新聞を作っていた。大人になった今、記憶をたどるとある事件といくつもの謎が浮かんでは消える(「オブジェクタム」)。南洋の島に派兵された夫と日本に残る妻との往復書簡の形で進む短編。第2回林芙美子文学賞大賞受賞作(「太陽の側の島」)。
2019年
『居た場所』
河出書房新社
主人公は介護実習留学生として来日した小翠と結婚。2人は彼女が生まれ育った土地や、初めて1人で住んだ場所への旅に出る。だが、彼女の記憶は曖昧で場所がよくわからない。表示されない海沿いの街の地図を片手に2人は……。幻想的でイメージを刺激される第160回芥川賞候補作。
2019年
『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』
集英社
私は雨宿りで立ち寄った店で、東京の記録を撮りためてSNSにアップするイズミと出会う。そのイズミの映像のなかに、ドレス姿の男を見つけた私は、それが高校時代の友人ニシダだと気づく。イズミと一緒に行ったデモで、私はニシダに見つけられて逃げ出し……。第161回芥川賞候補作。
2019年
『如何様』
朝日新聞出版
敗戦後、復員した画家・貫一は出征前と同じ人物なのか。似ても似つかない姿で戻った男はすぐに失踪してしまう。調査を依頼された私は、兵役中に嫁いだ妻、妾、画廊主、軍部関係者など関係者に聞いて回る。何人もの証言からたどりついたのは、貫一が贋作制作を得意としていたことだった。
PROFILE
たかやま・はねこ◎’75年、富山県生まれ。’09年「うどん キツネつきの」で第1回創元SF短編賞佳作、’16年「太陽の側の島」で第2回林芙美子文学賞大賞を受賞。’20年「首里の馬」で第163回芥川龍之介賞を受賞。著書に『オブジェクタム』『居た場所』『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』『如何様』などがある。
聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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