「チクリ」が奨励される社会が、本当に望ましいのか?――暴走する検察(3)
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ryomiyagi

2020/09/02

ジャーナリストの神保哲生さんと、社会学者の宮台真司さんがゲストを迎えて社会問題を論じるインターネットニュース討論番組「マル激トーク・オン・ディマンド」。検察や刑事司法に関連したテーマを扱った回を選りすぐって一冊にまとめた『暴走する検察 歪んだ正義と日本の劣化』から、一部ご紹介します。日本の検察問題の本質は、どこにあるのか?

 

 

「検察は正義だ」という考え方は大間違い

 

神保:日本の検察の問題を一言でいえば、あまりにも権力が集中しているということです。公訴権の独占、それによって事実上、一審で有罪にするしないを検察が決めている。

 

また、99.9パーセントが有罪になっているということは、それだけの権限を持っている以上、起訴したからには有罪にしなかったら、検察官の経歴にもキズがつく。特に、誰もが関心を持つような有名な事件については、何があっても起訴しなければいけないし、起訴した以上、有罪にしなければいけない。だから、いろいろな問題が起きます。

 

ここにきてカルロス・ゴーン氏の逮捕とそれに続く国外脱出によって、日本の人質司法の実態があらためて世界に知られることとなり、さらに黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題や、検察庁法の改正問題で、日本国内でも検察の存在に注目が集まりました。

 

それにしても、検事総長になろうかという人が賭けマージャンで辞任するというのは、異常なことですね。

 

宮台:黒川弘務が東京高検検事長まで出世したのは、検察の暴走を止める法律や仕組みを、黒川が止めてきたという功績が、検察内で評価されたことが大きい。加えて、政権に関わる事案をことごとくつぶしてきたので、「つぶしの黒川」として政権が側にも重用されたということです。

 

そのことを考えると、まずみなさんには、「検察は正義だ」という考え方はやめてもらわなければなりません。

 

官僚としての黒川弘務

 

黒川氏の関与が取り沙汰される事件

 

(法務省大臣官房長として)
2015年  1月 東電の旧経営陣を不起訴処分
    4月 小渕優子衆院議員を不起訴処分
    5月 東芝の巨額不正会計の捜査に着手せず
2016年  5月 甘利明・前経済再生担当相を不起訴処分
    7月 伊藤詩織さん事件で逮捕状執行せず

 

(法務事務次官として)
2018年 5月 佐川宣寿・前国税庁長官らを不起訴処分

 

(東京高検検事長として)
2019年  10月 菅原一秀経済産業相、違法寄付行為で辞任もその後進展ナシ
    11月 「桜を見る会」問題が表面化も捜査はナシ
    12月 IR汚職で秋元司衆院議員を逮捕もその後進展ナシ
2020年   1月  公職選挙法違反の疑い

 

神保:黒川さんは、安倍政権の守護神のようにいわれていますが、その前に検察の守護神でもありました。大阪地検特捜部の不祥事(郵便不正事件における、大阪地検による証拠改ざん)によって、取調べの全面可視化に追い込まれるところを、黒川さんが最小限にとどめた。

 

その一方で、それまで限られた事件にしか使えなかった盗聴の権限をほぼ全事件に広め、新たに司法取引も認めさせることに成功しています。

 

しかも司法取引に関しては、被告人の利益になるような「自己負罪型」ではなく、他人を陥れることを可能にする「捜査協力型」のみが導入されました。

 

宮台:早めに告白しておけば自分の罪が軽くなるという「自己負罪型」ではなく、検察の言う通り調書にサインすればお前の罪は問わないという「捜査協力型」、つまり密告(=チクり)をうながす仕組みということですね。

 

神保:司法取引先進国のアメリカは、ほとんどが「自己負罪型」です。自分の罪を認めれば裁判も略式裁判となり、罪を軽くしてもらえるというもの。そうすることで司法コストを下げることを主たる目的としています。

 

背景には、全ての刑事事件で裁判をしていたら、裁判所の数も裁判官の数も足りないという事情もあります。

 

宮台:取引しなければ裁判が長期になり、刑罰も重くなるけれど、取引に応じれば罰金ですむ、あるいは刑が大幅に軽くなる、という仕組みですね。

 

チクリが奨励される、日本の「捜査協力型」司法取引

 

神保:日本で導入されている「捜査協力型」というのは、捜査に協力して他人を起訴したり有罪にすることの手助けをすることによって、自分の刑を軽くしてもらえたり、不起訴にしてもらえたりするというものです。

 

嘘の証言で他人を陥れることが可能になるほか、そもそもチクリが奨励される社会が本当に望ましい社会といえるのか、考えてみる必要があると思います。

 

宮台:あえて素朴な言い方をさせてもらえば、反倫理的なことを許容・推奨する枠組みなので許すことができません。しかも、日本の場合は自白偏重主義なので、証拠がなくても、密告があるだけで有罪になりえます。

 

これでは冤罪のインキュベーター(製造装置)です。

 

神保:黒川さんの功績はそれだけはありません。20年前に中途半端に見切り発車される形となっていた盗聴法も、フルスペックなものにアップグレードすることに成功しています。

 

今から思えば、初めて盗聴法が可決した1999年の国会で、乱用の防止措置が不十分であるという盗聴法案の問題点を声高に指摘して、対象犯罪を厳しく絞り込ませた野党勢力の努力はそんなに無駄ではなかったことになります。

 

参議院の法務委員会で僕がTBSの「NEWS23」で制作した盗聴法の問題点を指摘するリポートに対して、国会の場で「報道は明白な誤りを犯し、国民の間に誤解を生じさせるものである」と証言した、松尾邦弘刑事局長(当時)が、黒川問題では「東京高検検事長の定年延長についての元検察官有志による意見書」で、今や正義の味方のような扱いをされているのも感慨深いものがありますね。

 

宮台:安倍ごときを「フランスの絶対王制を確立し君臨したルイ14世」になぞらえるのはどうかと思いますが、「中世の亡霊」のくだり、ジョン・ロックの「統治二論」をひいて「法が終わるところ、暴政が始まる」などと書いているのは皮肉ですね。時代が一周して中世に戻ったのでしょうか。

 

神保:盗聴法の改正の裏でも、法務次官だった黒川さんが暗躍したと言われています。黒川さんという人は、検察官というよりも法務官僚として能力を発揮し、政治にうまく食い込んで検察の権益を広げた有能な官僚だったというのが、大方の評価のようです。しかし、そうであるがゆえに、反対に政治にも使われてしまったのだと思います。

 

宮台:権力に弱い、これはたくさんいる。有能である、これも、ある程度はいる。しかし、「権力に弱く、かつ希代の有能ぶり」が重なると、検察トップにとっても政治家にとっても、きわめて使いやすいコマになります。今後もこういうタイプの人間が官僚として出てきた場合には、必ず同じことが生じます。黒川氏個人ではなく、そのような「摂理」を、僕たちは肝に銘じておく必要があります。

 

文/河村 信

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暴走する検察 歪んだ正義と日本の劣化

暴走する検察 歪んだ正義と日本の劣化マル激トーク・オン・ディマンド vol.12

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