警察を上回る巨大な権限を持つ検察。日本の近代司法制度、約150年の歴史を概観。
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裁くという言葉が正しいのなら、刑事裁判において裁かれるのは誰であろうか。
被告人だろうか。
では、あなたは何かの拍子に刑事事件に巻き込まれ、無実の罪で犯罪者にされそうになったとき、法廷で裁かれる立場に置かれるのか。

 

違う。

 

司法権は最も身近な権力である。いつ誰が巻き込まれ、そしていわれのない被害に遭うかもしれないのが裁判というものである。
だからこそ考えてほしい。
多くの日本人が誤解しているが、刑事裁判において裁かれるのは被告人ではない。
では、誰か。

 

(『検証 検察庁の近現代史』倉山満・光文社新書より)

 

日本の検察は「精密司法」と呼ばれる。

 

平成29年度『犯罪白書』によると、平成28年に検察庁が処理した人員の総数は112万4506人。
全体のうち、簡易裁判や地方裁判所に起訴される公判請求は、全体の7.8%。いわゆる略式起訴と呼ばれる簡易裁判所への略式命令請求は23.6%。これに少年犯罪などで家庭裁判所送致の6.2%を合わせても、起訴に至るのは37.6%。この数字は全体の4割に満たない。

 

一方、訴訟要件を欠くために不起訴処分となった数は5.9%。残る56.5%は起訴猶予処分となっている。ちなみに、この傾向は過去10年間でほとんど変化がない。

 

そして、検察官の公訴提起によって裁判所が処理した総件数32万488件のうち、無罪が確定したのは104件。パーセンテージにすると0.03%という驚異的な数字が弾き出される。

 

1万人に3人――。

 

20年前はどうか。平成8年度の統計を見てみると、起訴総数107万3227件のうち、無罪は45件。計算すると、0.004%。

 

さらに明治後期からの統計を紐解くと、平成までの間、無罪判決率は一貫して下がっている。

 

要するに、検察は事件の半分も起訴しないが、起訴するとほぼ100%の確率で有罪となる。
この数字ゆえに、日本の検察は「精密司法」と呼ばれる。

 

では、そんな検察に正義はあるのか。
日本の良心は残っているのか。

 

平成21年6月、麻生自民党政権末期、大阪地検特捜部は村木厚子厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を逮捕する。これは「凛の会」という団体に対して、偽の障碍者団体の公的証明書を発行した容疑だった。

 

しかし、村木は無罪。

 

主任検事は上司黙認の下、公的証明書のフロッピーディスクを改竄し、証拠の捏造や隠滅を行っていた。

 

起訴後の有罪率99.9%――。
これまでも、検察は捏造や隠滅を行ってきたのではないか。

 

一つの官庁の歴史を通して、日本の近現代史を読み直してはいかがだろうか。

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検証 検察庁の近現代史

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倉山満(くらやまみつる)

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