BW_machida
2020/09/26
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2020/09/26
『自転しながら公転する』
新潮社
恋愛、結婚、仕事、家族……。社会的要請と自分の理想との間でもがき、葛藤する女性たちを描かせたら右に出る人はいないと言っても過言ではないのが、直木賞作家の山本文緒さんです。このたび7年ぶりに長編小説『自転しながら公転する』を発表されました。
主人公は32歳の与野都。2年前まで東京・青山にあるアパレルショップの店長でしたが、母親の更年期障害が重く、その看病のために仕事を辞めて実家に戻ってきました。現在は、アウトレットモールのなかにある、好きでもなんでもないブランドの契約社員として働いています。ひょんなことから同じモール内にある回転寿司店の店員・貫一と付き合い始めるのですが、都は経済的に不安定な貫一と結婚したいのかどうか、自分の気持ちがよくわかりません。ニャンというベトナム人留学生からも告白されて迷う都でしたが、父親まで体調を崩し、経済状態が悪化。しかも、職場ではセクハラやパワハラも起こり……。
「若い女性が恋愛や結婚、仕事、家族との関係に悩むというのは、手あかのついたオーソドックスなテーマですよね。小説を書き始めて30年以上たちましたが、私自身さんざん書いてきたテーマで、もう書き尽くしたとすら思っていました。今の時代は結婚にこだわらなくてもよくて、もっと自由に生きていけるとも思っていましたし。ところが、若い女性たちから昔と変わらない、そういう相談を受けるんです。社会がどれだけ変化しても、パートナーや仕事をどう選ぶのか、子どもは持つのか持たないのか、住むところはどうするのか、親との関係はどうするのかなどというものは普遍的なテーマで、昔も今も女のコたちはみんなぐるぐる思い悩み、混乱しながら生きているのではないかと気づきました。それで最近記憶力が落ちてきているので(笑)、覚えているうちに書いておこうと思ったんです」
山本さんは久しぶりの長編に込めた思いを静かに語ります。
「昔は〝パートナーを持ちたい〟ということに対して疑問を持つことはありませんでした。持たないと世間体が悪いと言われましたから(笑)。今は〝パートナーを持たなくてもいい〟という前提があることを十分理解しつつ〝それでもやっぱりほしい〟とき、その理由を探すことになる。昔より今のほうが選択肢が多いぶん、さらに大変かもしれません。消費者の購買行動の研究に、24種類のジャムから1個を選ぶのと6種類のジャムから1個を選ぶのでは、後者のほうが購入する人が多く、購買後の満足度も高いというものがあるそうです。人生も同じかもしれません。生き方に多様性があったほうがいいのは言うまでもありませんが、100の中から1を選ぶのに悩む人はいつの時代もいると思う。本書では、そんな自問自答を繰り返す女性を書きたかったんです」
こうあるべき、こうしたほうがいいはず。でも、自分は本当はどうしたいのかわからない――。そう懊悩(おうのう)しつつも都は一つずつ自己決定し、人生の駒を進めていきます。
「都に〝本当は何をしてもいいんだよ〟ということを知ってほしいと思いながら書き進めました。結果的に、恋愛や結婚だけでなく仕事、セクハラ、モラハラ、親の介護と一人の女性が抱える総合的な問題がたくさん盛り込まれることに。私にしてはヒネていたりエグかったりするところがない(笑)、明るくピュアな作品になりました。少女漫画を読むように楽しんでいただけたらうれしいです」
都に共感したり叱咤(しった)したりしながら読み進め、本を閉じるときには自分自身に新たな力が漲(みなぎ)っているのを感じるはずです。
おすすめの1冊
『うしろめたさの人類学』ミシマ社
松村圭一郎 著
「人間が感じるうしろめたさにスポットを当てて書いている文化人類学の本。一般人でもわかるように読みやすく書いてある。作中、都が貫一に感じるうしろめたさの本質が何なのか知りたくて読んだが、とても面白かった」
PROFILE
やまもと・ふみお◎’62年神奈川県生まれ。OL生活を経て作家デビュー。’99年『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞、’01年『プラナリア』で第124回直木賞受賞。著書に『あなたには帰る家がある』『眠れるラプンツェル』『絶対泣かない』『群青の夜の羽毛布』『落花流水』『そして私は一人になった』『ファースト・プライオリティー』『再婚生活』『アカペラ』『なぎさ』など多数。
聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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