akane
2018/07/31
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2018/07/31
私たちは、日々、五感――視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚――からたくさんの情報を得て生きています。なかでも視覚は特権的な位置を占め、人間が外界から得る情報の8~9割は視覚に由来するといわれています。
それも一因でしょうか。これまで科学の世界では、味覚や聴覚は「曖昧な感覚」と考えられていて、視覚や聴覚に比べると、それほど熱心に研究されてきませんでした。
実際、「万学の祖」といわれるギリシャの哲学者アリストテレスは、私たちの嗅覚というものに対して、他のあらゆる動物に遠く及ばないばかりか、人間の持つ感覚の中で「最も劣っている」と酷評していたことで知られています。
ところが最近、科学の世界では味覚と嗅覚の研究が急速に進んでいます。
このきっかけとなったのは、味やにおいのセンサー分子の発見でした。
1991年、長年探し求められていた、においを感知するセンサー分子が発見されました。さらに1998年から2001年にかけて、甘味、うま味、苦味、酸味、塩味を感知するセンサー分子が次々と発見されました。ここでいう「発見」とは、センサー分子の「遺伝子」が見つかったという意味です。
ちなみに、この発見をしたのは、コロンビア大学のリチャード・アクセルと、彼の研究室で博士研究員をしていたリンダ・バックです。ノーベル賞選考委員会は、二人のこの発見を生物学史上最大の功績の一つと認め、2004年にノーベル生理学・医学賞を授与しています。
嗅覚に関する研究はそれからさらに進み、2014年にアメリカの研究グループが発表した論文によると、人は最低でも1兆種類のにおいを嗅ぎ分けることができると推定されています。
人のにおいのセンサー分子は400種類です。したがって、人は400種類のにおいしか嗅ぎ分けることができないと思うかもしれませんが、そうではありません。それらを組み合わせることで1兆種類も嗅ぎ分けられるのです。しかし、実際には世の中に存在するにおいは数十万種類くらいだろうといわれています。そう考えると、人間には十分すぎる識別能力を持っているといえます。
ところで、五感の中でも、においは脳の中に強い反応を生み出すことで知られています。
フランスの作家マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』では、主人公が紅茶に浸したマドレーヌのかけらを口に含んだ瞬間に、幼いころに食べたマドレーヌの風味がよみがえるという、よく知られた一節があります。
これは、においが脳内に強い反応を引き起こすことによって、そのにおいにつなぎ留められた過去の記憶を呼び起こすためだと考えられています。また、嗅覚の神経回路と記憶をつかさどる神経回路が強く結びつけられているからという説もあります。
すなわち、嗅覚というものは、私たちの感覚の中で一般的に考えられている以上に、極めて重要な役割を果たしているのです。
※以上、基礎生物学研究所・新谷隆史氏の新刊『一度太るとなぜ痩せにくい?』(光文社新書)をもとに構成しました。
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