akane
2018/07/27
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2018/07/27
1975年頃、イスラエルの小児科医、ジャコブ・シュタイナーは、赤ちゃんの口の中に様々な味のする液体を入れて、表情の変化を観察するという興味深い実験を行いました。
まず、塩味のする液体を与えたところ、赤ちゃんの表情に大きな変化は表れませんでした。
一方、酸味を含んだ液体を与えると、いかにも嫌そうな表情になりました。
さらに苦味のある液体では、顔をしかめ、口を大きく開けて吐き出すようなしぐさを見せました。
ところが甘い液体を与えると、どうでしょう。
赤ちゃんはこれまでとはまったく違う反応=うっとりとした穏やかな表情を示したのです。
赤ちゃんはうま味にも、心地よい表情を見せることが分かっています。
これらの反応は、赤ちゃんは生まれつき味を区別して、快・不快という表情を表すということを示しています。つまり、甘味やうま味に出会うと心地良い気分になり、塩味だと、まずまずの気分、酸味や苦味に対しては不快な気分を表すということです。
では、なぜ赤ちゃんは、甘味とうま味を喜び、酸味や苦味を嫌がったのでしょうか。
甘味とうま味の共通点は、両者がともに体にとって有益な食べ物の味と関係していることです。つまり、甘味やうま味がする食べ物は体の中でエネルギーになったり、体をつくる材料になったりします。このような食べ物を食べることで、動物は生存を続けることができます。このため、甘味とうま味を「美味しい」と感じて積極的に食べようとする仕組みが動物の進化の過程で備わったと考えられるのです。
一方、酸味や苦味のする食べ物には、体の調子を悪くする有害な物質が含まれていることが多くあります。そこで、このような食べ物を避けるために、酸味と苦味を「まずい」と感じる仕組みが動物に備わったのでしょう。
このように、動物は生まれつきの「好き・嫌い」にしたがうことで、生存に必要なものを食べて、命をおびやかすものは食べないという行動を取っています。
ペットとして飼育されているネコはもちろんのこと、ネコ科の動物は甘味を感じることができません。甘味受容体の設計図である遺伝子が壊れているのです。
草食動物や雑食動物にとって、甘いものは重要なエネルギー源です。しかし、ネコ科の動物はエネルギーのほぼすべてを獲物の肉から得ています。肉には甘さというものがほとんどありません。したがって、ネコ科の動物にとっては甘さを認識できなくても不都合はなく、進化の過程で遺伝子が壊れてしまっても問題はなかったと考えられています。
では、肉食であるはずのパンダ(ジャイアントパンダ)はどうでしょう。ご存知のように、パンダは一日中、竹や笹を食べています。彼らの主食が肉ではないのはなぜでしょう。パンダがたいして肉を好まないのは、パンダが「うま味」を感じることができないからだと考えられています。
2009年に中国の研究チームがパンダの全遺伝子情報(ゲノム)を解読したところ、うま味の受容体の遺伝子が壊れていることを見出しました。一方、肉のタンパク質を分解する酵素の遺伝子については、他のクマとほとんど違いはなかったそうです。
化石の解析から、パンダが草食に移行し始めたのは700万年前で、200万年前くらいには、現在のようにもっぱら竹や笹を食べるようになったと推測されています。一方、うま味受容体の遺伝子が壊れたのは420万年前と推定されることから、パンダが肉食から笹食に変わった決定的な原因は、うま味受容体の変異だったと考えられるのです。
食行動に必要のない味覚の遺伝子は失われてしまうことが、たくさんの動物で見つかっています。その一方で、ハチドリのように、花の蜜を食料とするために、一度失った味覚を再び獲得することもあります。
このように、味覚と食行動には極めて深い関係があり、味覚は動物が生存していく上で重要な役割を果たしているといえるのです。
以上、基礎生物学研究所・新谷隆史准教授の『一度太るとなぜ痩せにくい?』(光文社新書)を参考にしました。
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