akane
2019/01/30
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2019/01/30
自ら吃音があり、吃音があることで幼少期から人知れない悩みを抱えて苦しんできた医師の菊池良和さん。『吃音の世界』(光文社新書)では、自らの体験を交えて、吃音者はどのような場面で、どのように苦しんでいるかが詳細に綴られています。また、多くの吃音者は「人との接触」を回避する傾向にあると述べられていますが、回避の傾向が進むと、“社交不安障害”という心の不調を示す病気を合併するようになります。ここでは、吃音者の社交不安障害とはどのようなものなのかを紹介いたします。
2013年、北海道のある病院に勤めていた吃音のある男性看護師が、自ら命を絶ちました。看護師国家試験に合格した後、病院で働き始めて4ヶ月後のことでした。
自分に吃音があることは職場には伝えていたものの、職場の無理解によって追い詰められていく様子が彼の手帳には記されていました。
「大声を出されると委縮してしまう」
「話そうとしているときにせかされると、言葉が出なくなる」
「どもるだけじゃない。言葉が足りない。適性がない」
「すべてを伝えなければいけないのに、自分にはできない」
同年7月、病院からの連絡で母親が駆け付けると、男性は自宅で死亡していました。携帯電話には、家族に宛てた未送信のメールが残っていました。
「相談せずに申し訳ありません。誰も恨まないでください。もう疲れました」
この傷ましい事件は地元の北海道新聞はもちろんのこと、朝日新聞をはじめ全国紙でも大きく報じられ、社会的に高い関心を集めました。
吃音者の多くは、孤独感に苛まれています。特に思春期以降で多いのは、人にツッコミを入れることができないという悩みです。たとえば、友達との会話中、
「今、自分がこう言えば場が盛り上がるのに……でも、自分には吃音がある……どもりながら言葉を発する勇気がない」
と、吃音を理由に言いたい言葉を封印してしまうケースが多いのです。しかし、これは逆にいうと、吃音者というのは他人に必要以上に気を遣っている人であるとも言えます。
会話の中に入っている場合はまだしも、会話の輪から逃げてしまう吃音者もいます。たとえば、「こんな集まりがあるから、今度行こうよ」と誘われても、吃音のある人の頭の中では、まず、
「自己紹介はあるのだろうか? どもったらどうしよう」
と思って、新しい集まりに行くことをためらいがちです。やがて思春期を過ぎ、社会人になっても、たとえば上司に報告しなければならない事案があったときに、
「うまく報告できるかな、うまく言えなかったらどうしよう」
と思うと、何かと理由をつけて報告を先延ばしにする傾向が吃音者にはあります。そうした回避的な行動を見て、「あの人は不誠実な人だ」という烙印を押されてしまうケースもあります。
つまり、吃音者の中には実は人一倍、相手に気を遣っていることもあるのに、それが裏目に出るばかりか、自分自身への自信をどんどんなくしてしまうケースが往々にして見られるということです。
人との接触を回避までするようになると、社交不安障害という“心の不調”と言われる病気を合併するようになります。社交不安障害は、日本では対人恐怖症(あがり症)という名称で古くから知られていました。
2010年、オーストラリアのエレーヌ・ブルームガルトらの報告によると、成人吃音症の40~50%が社交不安障害を合併しているとされています。一方、一般の人で社交不安障害のある人は人口の10%程度だとされています。したがって、吃音症の人は一般の人より4~5倍という高い割合で社交不安障害があるということです。
社交不安障害の発症平均年齢は15歳で、全人口での発症率は7~12%程度だと言われています。また、ひきもこりの人の約15%が、前駆症状(ある病気や発作の前兆として現れる症状)として社交不安障害を合併していることも報告されています。
社交不安障害について注意しておかなければならない点の一つは、自殺企図率がうつ病よりも高いことです。うつ病単独の自殺企図率が1・1%なのに対して、社交不安障害の自殺企図率は2・6%に上ります。さらに、社交不安障害にうつ病を合併するとそれは7%にまで増加するとする報告もあります。
社交不安障害の自然治癒率は、半年で8%、2年で20%とされますが、一方、8年経っても36%の自然治癒率しかありません。また、自然治癒した場合でも、4~5年で30%の人が再発するという難治性の疾患です。
治療としては、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を用いる薬物療法が第一の選択肢として挙げられますが、薬を飲んでひきこもっているだけでは改善は難しいと言えます。そこで最近では、私たちのものの考え方や受け取り方に働きかけ、気持ちを楽にしたり、行動をコントロールしたりする治療法である認知行動療法の重要性が注目されています。
医師として私が提案しているのは、次の3つです。
まず一つ目は、子どもが自分の吃音を意識し始め、親に「なんで、ぼくは、話すときに『あ、あ、あ……』ってなるの?」などと質問するようになる最初のころに、親がその子を肯定してあげることです。
二つ目は、カミングアウトです。小学校の中学年から高学年の児童については、自己紹介で「僕は、ときどき言葉をつっかえることがありますが、わざとではないので、気にしないでください」などと言うことを推奨しています。
三つ目は、言い換えや吃音を隠す工夫をできるだけ少なくすることです。自分が言いたい言葉よりも、吃音が出にくい言葉に言い換えて話すことを優先する習慣を持つ人がいますが、そのような人は、吃音をコントロールしているように見えるものの、実は逆に吃音にコントロールされてしまっていると言えます。
そして、それを続けていると、言い換えられない言葉が出てきたときに困るようになります。中でも特に問題となるのは、自分の名前です。
たとえば新しい環境に入ったとき、初対面の人に話しかけたいと思っていても、「あなたの名前は?」と聞かれたら答えることができないと思うと、話しかけるのを躊躇してしまうでしょう。すると、人間関係を築いていくことが難しくなります。また、初めての人と電話で話をするときも、毎回、自己紹介をしなければなりません。
ですから、吃音を隠すのではなく、どもってもいいので、自分の伝えたいことを伝えるようにすることが大事だと私は考えています。
このとき大切になるのは、周囲の理解です。
吃音者の方が身近にいらしたら、「なんで話さないの?」などと問い詰めたりするのではなく、「できないときは自分手助けしてあげよう」と考える人が増えていくと、吃音者が生きるのは楽になります。
以上、『吃音の世界』(菊池良和著、光文社新書)の内容を一部改変してお届けしました。
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