2018/12/10
古市憲寿 社会学者
『車輪の上』講談社
乙武洋匡/著
主人公は、子どもの頃から車椅子生活を送る河合進平。大学を卒業した彼が、ひょんなきっかけでホストになるところから物語は始まる。「車椅子ホスト」小説である。
このあらすじだけを聞くと、ドラマ化を狙ったあざとい作品に思われるかもしれないが、作者はあの乙武さん。地方出身で奥手の進平のキャラクターは、乙武さん本人とはほど遠い。
しかし、障害の当事者だからこそ気がつくことのできる様々な「発見」や「問題提起」が、存分に作品に反映されている。
たとえば、障害を持つことは「かわいそう」なのか。障害者が「無意識のうちにどっかで悲劇のヒーロー」を気取ることは、他者に「しんどい」と思わせてしまうのか。
そんな教科書に出てきそうな題材が、自然に盛り込まれている。
ただし、一見すると『車輪の上』の本筋は、障害とはあまり関係がない。本作はホストになった青年の成長物語であり、恋愛小説である。
もちろん主人公に「障害」はある。だけど、この社会に、全く「障害」を持たない人はどれくらいいるのだろう。
「コミュ障」という言葉があるが、コミュニケーションが苦手な人は、ホストには向かない。進平のような車椅子は、ホスト生活を送る上で不便なところもあるが、座っていることが多いホストの仕事では、決定的なハンディキャップにはならない。
本作でも、進平は身体障害ではなく、コミュニケーションの問題で何度もつまずき、問題を起こす。身体障害は、むしろ彼に「車椅子ホスト」という特長を与え、それがきっかけでお客さんがつくようにもなる。
例外はあるが、「障害」は長所にもなり得る。そして「障害」は絶対的に変えられない属性ではなく、状況や技術によって、乗り越えることができる場合も多い。
『車輪の上』は、そのような「障害」の本質をさらっと描いてみせた。
不満があるとすれば、女性経験の乏しいはずの進平が、女の子に送るLINEが、やたら饒舌で、誘いが巧みなこと。小説というのは、期せずして、著者本人が現れてしまうメディアなのだとつくづくと思った。
『車輪の上』講談社
乙武洋匡/著