「生きづらい人」同士の熱烈な夫婦愛に感動する闘病記『されど愛しきお妻様』

金杉由美 図書室司書

『されど愛しきお妻様 「大人の発達障害」の妻と「脳が壊れた」僕の18年間』講談社
鈴木大介/著

 

体の一部が不自由になったとしたら、人生は大きく変わるだろう。
ましてや脳が壊れたりしたら、それこそ世界がひっくりかえるだろう。

 

フリーライターとしてバリバリに働いていた著者が、脳梗塞によって高次機能障害を負う。
ひっくり返った世界の中で右往左往するうちに、今まで理解しようとしても理解しきれなかった妻の思考回路がわかってしまった!そうか、そうだったんだ、お妻サマが苦悩していたのはこういうことだったのか!

 

お妻サマはかなり重度の発達障害をもっている、いわゆる、生きづらい人。
苦手な作業と得意な作業がはっきりしていて、感受性も独特。
職場でアルバイトと社員として出会ったふたりだけれど、著者は社会常識が通用しない彼女に最初から振り回されっぱなしで今に至る。

 

はっきり言って、そばにこんな人いたらちょっと迷惑かも…レベルな、お妻サマ。
にもかかわらず夫は、奇人っぷりも含めてそのパーソナリティを愛しているという。
そう、障害も個性だから。
それでも一緒に生活しているとイライラして、小言マシンガンと化したり、怒鳴りつけたり、お妻様をコントロールしようとしたりしてしまう。
だって、夫だって人間だもの。

 

自分の脳機能障害と向き合ううちに、妻の異常なまでの破天荒さも脳の障害が原因だということを実感していく。さらには、今まで取材で出会った「変な人たち」も、同様に脳の中に障壁があるのだと気づいていく。
夫の目からウロコがボロボロ落ちていき、読者の目からもウロコが落ちていく。

 

とにかく驚異の世界なのだ。彼らが生きている世界は。
一般の人たちには平らにみえる道だって、曲がりくねって山あり谷ありの危険な道なのだ。
そんなとんでもない世界で彼らは必死にサバイバルに挑んでいるのだ。
その大発見に驚愕する夫にお妻サマは言い放つ。
「いまごろわかったか!」

 

これは深くて激しくて熱烈な夫婦愛の物語。
そしてものすごくポジティブな闘病記でもある。
ただでさえ困難を背負いまくりの夫婦に、これでもかと怒涛のごとく押し寄せるトラブル。
しかしお妻サマはくじけない!主観的にはどうせそれまでも理不尽なトラブルに見舞われっぱなしの人生だったんだから。思いがけないほどの打たれ強さで突き進むお妻サマ。
やがてお妻サマは夫の危機を救うべく、スーパーお妻サマにと進化をとげるのであった!
支えあい、ののしりあい、夫婦は波をのりこえていく。その熱量が半端ない。

 

そして、病気になる前は「普通」側に身をおいていたつもりの夫も客観的にその言動を見れば、少し、いや、かなりオカシイ。
完璧主義なのにどこかすっぽり抜けてる。お妻サマを受けいれる大らかさがあるのに神経質。
そもそも仕事と家事でいっぱいいっぱいなのに、趣味にまで没頭して、自分を追いつめすぎ。
倒れるのも当然だよ…

 

人間って誰でもどこか「変」な部分を持っているんだろう。
「普通」の人なんていないんだろう。っていうか「普通」ってなに?
みんなそれぞれ「変」の大きさや方向性が違うだけ。
そしてそれはたいした問題ではない。
なぜなら、すべては個性だから。
世間から見てどんなにおかしな生き方でも、本人が楽しければオールオッケー。
他人に迷惑をかけなければ、いや、なんならちょっとくらい迷惑かけたって、オールオッケー。
そんな大らかな気持ちになれて、肩から力を抜くことが出来る一冊。

 

 

こちらもおすすめ。

『脳が壊れた』新潮社
鈴木大介/著

 

脳が壊れる、ということがどんなことなのか。当事者が描く世界はシュールでリアルで切実。
誰だって脳梗塞で倒れたり認知症になったりする可能性はあるわけで、まったくもって他人事ではない。

 

『されど愛しきお妻様 「大人の発達障害」の妻と「脳が壊れた」僕の18年間』講談社
鈴木大介/著

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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