父であることの意味、息子に何を与えられるか…初めて真剣に考えてしまうピュリッツァー賞作品

藤代冥砂 写真家・作家

『ザ・ロード』早川書房 
著/コーマック・マッカーシー 訳/黒原敏行

 

父と息子が描かれた文学作品は、数多あるが、これほどまでに胸が抉られるような深い余韻を残す作品は他にまだ知らない。

 

地球全土を巻き込んだ最終戦争後の世界を思わせる環境設定の中、厳冬期が来る前に凍死から逃れようと南へ南へと旅する父と幼い息子の逃避行という粗筋である。

 

生存者もほとんど無く、数少ない生き残りたちも略奪、殺人、共食いなどを繰り返し、どうにか日々の命を皮一枚で繋いでいるという状況で、飢えと寒さと、他の生存者にいつ襲われるかもしれない恐怖らに闘いながら、生き抜いていく父子の様を過剰ともいえる精緻な描写で淡々と綴っている。

 

ピュリッツァー賞を獲得しているこの作品は映画化もされていて、私は映画が先であったが、こちらも素晴らしく、映画→原作と辿ったのは、『ガープの世界』以来だろうか。映画で描ききれなかった部分まで体験したいという素朴さで、この『ザ・ロード』も手に取った。

 

旅の中で、人に伝えて聞かせるようなエピソードは、道中のほんの少しだというのは周知のことだが、この作品の場合は、たとえば略奪や襲来などの特異な場面の以外の、凍えながら移動し、廃墟の家を食べ物を求めて物色し、夥しく目を覆いたくなるような死骸が転がる景色や野営の厳しさと貧しさなどまでの日常を、やたらと枚数を費やして精緻に描写してあり、つまり日常としての最悪の旅の部分がやたらと長々と描かれていて、読み進めながら、背骨まで辛さが響くような寒々しい読書なのだった。

 

週末戦争後の荒廃した世界という特殊な状況なのに、心情的に入っていけるのは、まだ一桁の年齢の息子と父の会話にある。

 

詳しくはここでは触れないが、あのような状況なのに、息子の発する質問や言葉が、あまりにもピュアで、死と冬の灰色に覆われた世界に射す一筋の光のようだ。

 

それは子供を持つ親ならば、言葉を覚えたての子が発する純粋無垢な質問と同質で、あの過酷な状況でそのような言葉を聞いたら、親ならば自分の身を犠牲にするのはもちろんのこと、この子に少しでも笑顔を与えたいと願わざるを得ないだろう。

 

週末戦争後の世界を描くとなると、どうしても文明批判や、宗教的な要素などが絡みがちだが、この作品は、父と息子の絆という、普遍的なテーマが大きな支えとなっていると読んだ。

 

エンディングは希望に満ちているが、とてつもなく痛い。全ての父は、父であることの意味を問い直し、息子に何を与えられるかについて、もしかしたら生まれて初めて真剣に考えてしまうかもしれない。

 

『ザ・ロード』早川書房 
著/コーマック・マッカーシー 訳/黒原敏行

この記事を書いた人

藤代冥砂

-fujishiro-meisa-

写真家・作家

90年代から写真家としてのキャリアをスタートさせ、以後エディトリアル、コマーシャル、アートの分野を中心として活動。主な写真集として、2年間のバックパッカー時代の世界一周旅行記『ライドライドライド』、家族との日常を綴った愛しさと切なさに満ちた『もう家に帰ろう』、南米女性を現地で30人撮り下ろした太陽の輝きを感じさせる『肉』、沖縄の神々しい光と色をスピリチュアルに切り取った『あおあお』、高層ホテルの一室にヌードで佇む女性52人を撮った都市論的な,試みでもある『sketches of tokyo』、山岳写真とヌードを対比させる構成が新奇な『山と肌』など、一昨ごとに変わる表現法をスタイルとし、それによって写真を超えていこうとする試みは、アンチスタイルな全体写真家としてユニークな位置にいる。また小説家としても知られ著作に『誰も死なない恋愛小説』『ドライブ』がある。第34回講談社出版文化賞写真賞受賞

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を