2019/10/22
藤代冥砂 写真家・作家
『EAT&RUN 100マイル走る僕の旅』NHK出版
スコット・ジェレク、スティーブ・フリードマン/著
小原久典・北村ポーリン/訳
この夏にルナサンダルを買った。数年前から流行っているベアフット(裸足)ランニング用のサンダルなのだそうだ。普通のサンダルと違ってソールが極端に薄く、それで走れば地面からの衝撃がダイレクトに足首や膝、腰に伝わり、その痛みを避けるために自然と正しい走法が身につくという。
いわば、人間の体に本来備わっている効率的な走り方を取り戻そうという回帰思考の産物で、クッションや左右にぶれないホールド感の充実した最新テクノロジー系のシューズの真逆を目指している。ルナサンダルは、ソールと人の足をミニマルに繋ぐ最小限の紐だけで出来ていて、そのシンプルさからも象徴的な品だ。
もともとメキシコの先住民族であるタラウマラ族が履いているサンダルを参考にしたもので、タラウマラ族とは山岳地帯で走ることを生活の一部にしている人々ゆえに、そのワラーチと呼ばれるサンダルの無駄をそぎ落としたシンプルさは、説得力とミニマル感に満ち、ランニング愛好者だけでなく、そのスタイルの美しさからファッションアイテムとしても一部でヒットしたプロダクツである。
着用感は、ほとんど裸足に近い。アスファルトを歩けば、特にそのように感じる。とにかくノークッションなのだ。
ただしばらくその違和感を無視しながら履き続けると、なんだか歩くのが楽しくなってくる。素足の開放感なら他のサンダルでも味わえるのだが、クッションのないルナサンダルのような裸足感はない。
公園で裸足になれば、そこが都会の公園だとしても、誰もが自然と繋がる楽しさを味わうはずだ。自然との一体感は人々に安らぎさえもたらす。
ルナサンダルに慣れてきた頃に、試しにそれでジョギングをしてみると、自分がちょっとタフになったかのような気がした。僅かながらも、何か生物的に大切なものを取り戻したような気さえしたのだ。多くの人が忘れかけている、人間とは歩くように設計されているという事実を改めて知った次第であった。
前置きが長くなったが、そんな折に手にしたのが本書である。100キロ以上のレースを走るウルトラランナー界の生きる伝説ともいえるスコット・ジュレクの著書で、彼の半生記ともいえるものだ。
超人的な距離を走る者の、思考、哲学、走りのメソッド、人間関係、食事、つまり、ほとんど彼の全てが詰まっていて、特に私が注目したのは、スコット・ジュレクがヴィーガンであるという事実だ。
24時間走や、高低差1万メートルを超えるレースをこなす人間が、動物性タンパク質を一切摂らずに、高結果を残し続けた秘密を知りたかったのだ。
とにかく彼は、走ることを中心とした生活を徹底的にやり抜いた。仕事、食事、トレーニング、そのシンプルなまでの繰り返しが、彼にとって生きることである。
理学療法士として長時間働く傍で、毎日数時間のトレーニングを欠かさない。これは目標を達成することよりも、どう目標に向かって取り組むかにより大きな価値を求める彼の信条の現れである。あげくの果てには、つまらない男だと妻にばっさり切り捨てられて離婚に至ったりもするのだが、いつも周囲には心を深く許せる仲間や恋人がいて、愛するランニングをとことん追求している。それはそれで、輝く人生だ。
食生活の話に戻すと、スコット・ジュレクによれば、ヴィーガンの利点は体のリカバリーが早まること。つまりこれは回復力だけでなく、ダメージを負いづらい体質を得られるということでもある。理学療法士として、科学的な知見を取り入れながら、彼本人に最適な食事法としてヴィーガンを選択している。
病気を避け、体調の良い毎日を送ることを幸福のベースとするのなら、ヴィーガンという選択肢はありかもしれない。テニスプレイヤーのジョコビッチの提唱するグルテンフリーもそうなのだが、万人向けではないにしろ、その効果をトップアスリートが紆余曲折しながら開示してくれているのは、とても貴重ではないか。彼らのようにグランドスラムを達成したり、24時間で260キロを走れはしないが、その後ろ姿が示してくれた成果を参考にするのは、無駄ではないと思う。
私もかつてはベジタリアン→ヴィーガン→フルータリアンを試した経験があるので、自分の身体を使って様々な食習慣を試みることに抵抗はない。
ジュレクも本書で記しているように、要は、なりたい自分像を描けばそこに近づくということを信じることだ。これはゴール設定という即物的な行為よりも、少しだけスピリチュアル側に寄っていることのような気がする。即物的に身体を使い、マインドはスピリチュアルに。この組み合わせを本書から引き出すのは、すでにわたしが自分にインストールしたちょと変わった設定のせいかもしれないが。
『EAT&RUN 100マイル走る僕の旅』NHK出版
スコット・ジェレク、スティーブ・フリードマン/著
小原久典・北村ポーリン/訳