憂鬱なる王国の戯画を、被虐の詩人が描破した【第44回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

58位
『ザ・クイーン・イズ・デッド』ザ・スミス(1986年/Rough Trade/英)

Genre: Indie Rock, Post-Punk
The Queen Is Dead-The Smiths (1986) Rough Trade, UK
(RS 218 / NME 1) 283 + 500 = 783

 

 

Tracks:
M1: The Queen Is Dead, M2: Frankly, Mr. Shankly, M3: I Know It’s Over, M4: Never Had No One Ever, M5: Cemetry Gates, M6: Bigmouth Strikes Again, M7: The Boy with the Thorn in His Side, M8: Vicar in a Tutu, M9: There Is a Light That Never Goes Out, M10: Some Girls Are Bigger Than Others

 

前書きで僕が述べたとおり、〈NME〉が選んだ第1位がこのアルバムだ。それがなんでこんな位置にいるのか、というと、アメリカ人(〈ローリング・ストーン〉)の無理解のせいで……とは、僕は思わない。アメリカの土壌を鑑みると、これは快挙だ。この「英国的」な1枚は、かの地のロック・ファンすら確実に変えた。

 

作詞者にしてヴォーカリストのモリッシーは、イングランド北部の都市・マンチェスターに(親と同居して)住む、駆け出しライターの青年だった。その彼が、類い稀なセンスを持つギター・プレイヤーのジョニー・マーに誘われて結成したのがザ・スミスで、ポスト・パンクの時代の英インディー界に無二の存在として君臨した。彼ら3作目のオリジナル・アルバムが、最高傑作と賞される本作だ。

 

モリッシーはアイルランド系だ。だから本作を日本に置き直すと、朝鮮半島にルーツを持つ日本在住の男が「天皇は死んだ」と題したアルバムを発表するようなものだ。しかもそれがただ過激なだけではなく、「もはやどうしようもない」イギリス社会の根深い病巣、宿痾とも呼ぶべきものと正面から対峙しているところが、スミスのスミスたる所以だ。タイトル曲のM1では、まず最初、女王が吊るされようとしている。そのあと、宮殿に忍び込んだ語り手が、彼女といっしょに散歩して語り合う。サタイアと不思議な哀愁が、なぜかそこに同居する。これこそが、スミスだ。

 

「被抑圧」下にある者が、「口だけは達者」だった場合。その者が発する悪口や罵詈雑言、それが妙に美しくも詩的で、なぜか心に残ってしまった、としたら……それはかなり、モリッシーの詞に似ている。そこにタイトなビート感で、前へ前へと突き進む、グルーヴ度数の高いマーのギターが加わったものが、スミスのナンバーだ。

 

人気曲のM9では、家にいたくないから今夜どこかに連れてってよ、と言う主人公が、きわめつけのラインを口にする。「もしダブル・デッカー・バスが僕らに突っ込んで来て/きみの隣で死ねたなら、なんて最高な死にかたなんだろう」――ここであなたの目に涙が浮かんだなら、魂の居場所を見つけた証明だ。すべての「翼なき者ども」と同様、花を片手にモリッシーのもとに馳せ参じなければならない。

 

オスカー・ワイルドから連綿と続く、ロマンチシズムと美学。薔薇の棘で人を刺すような特殊なロックのありかたを、スミスだけは実現することが出来た。

 

次回は57位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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