トランプの反移民政策を読み解くキーワード「聖域都市」とは?(前編)
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トランプが掲げる不法移民対策のひとつに、「聖域都市の撲滅」がある。

 

聖域都市(サンクチュアリ・シティー)とは何か。明確な定義や連邦法による規定はない。簡潔に説明すると、「不法移民に寛容な措置をとる自治体」となるが、日本人にはスッと頭に入ってこない。だが、移民が多いリベラルな大都市を中心に全米200以上もあるとされ、ニューヨークやシカゴなど誰もが知っている主要都市も含まれているのだ。
(https://cis.org/node/8727)

 

「法律を違反する人をかくまっている都市ですか?」と聞く人がいたとしたら、トランプは喜んで、「その通りだ」と答えるだろう。「不法移民に寛容な措置をとる自治体」とは、「不法滞在であることを問わない自治体」であり、トランプにとっては「不法移民をのさばらす自治体」だからだ。

 

2017年1月のトランプ大統領就任以降、不法移民対策では、国境の壁建設がどうなるか注目されてきたが、進展はない。一方、イスラム圏の一部の国からの入国を制限する大統領令が注目を浴びたが、司法闘争の結果、大統領令は一時的に差し止められた。トランプ政権にとって思わしくない展開が続く中、さらなる「駄目出し」が2017年4月25日にあった。

 

この日、カリフォルニア州北部の連邦地方裁判所が、トランプが主張する聖域都市の撲滅に対しても「ノー」を突き付けたのだ。

 

トランプは1月に出した大統領令の中で、聖域都市への補助金停止を連邦政府に指示していた。これに対し、サンフランシスコやシアトルなど聖域都市を主張する自治体は、補助金停止の撤回を求めて提訴した。連邦地裁はこれらの自治体の訴えを認め、この大統領令を差し止めたのだ。

 

 

そもそも、不法移民に寛容な措置とは何か。

 

最大の特徴は、不法移民の強制送還を行う連邦政府の移民・関税執行局(ICE)に対し、地元の警察は協力しなくてもいいとしている点だ。協力しないというのは、ICEの指示に従わず、不法移民とみられる人がいても身分や滞在資格などを尋ねないということになる。条例を定めるなどして対応を徹底している都市もあれば、ケース・バイ・ケースで緩やかに運用している都市もある。

 

法律に違反する人間に対し、国と地方の当局双方が協力しないというのは、どういうことなのだろう。これを読み解く上で重要なのは、連邦と州、自治体の関係だ。自治体は、移民関連の法律は連邦法のため、「連邦政府が運用するものであり、自治体が協力する必要はない」との立場をとっていることになる。道理は通っているので、連邦政府としては強くは出られない。

 

屁理屈のように聞こえるかもしれないが、自治体にとっては不法移民を守るための一種の「戦略」なのだ。

 

トランプは、聖域都市のこうした主張が我慢ならない。そこで、自治体の非常に重要な財源のひとつである連邦政府からの補助金について、「聖域都市であり続けるなら、補助金を支給しない」と大統領令で指示した。これが連邦地裁で、「(補助金停止が)自治体に回復不能な損害を与える」などの理由で差し止められたのだ。

 

改めて聖域都市の日常をイメージしてみた。不法移民が「捕まえられるものなら、捕まえてみろ」と大手を振って歩いているわけでもないだろう。そもそも、自ら「不法移民です」と言いふらしている人はいないはずだ。聖域都市自体に明確な定義がないため、「聖域都市ですね」と聞いても、はぐらかされる可能性がある。「聖域都市っぽい都市」とか「聖域都市と同じ取り組みをしているがそうは呼ばれない都市」とか、色々ありそうだ。

 

例えばロサンゼルスは不法移民が35万人以上いるとされ、聖域都市とみなされてきたが、ガルゼッティ市長が聖域都市であることを否定するような発言をし、移民らからブーイングを浴びる事態となった。難しいテーマだが、移民問題を取材する上では避けては通れない。

 

 

すると、南部テキサス州が、不法移民に寛容な措置を改める「聖域都市禁止法」を成立させ、2017年9月から施行することが決まったというニュースが目に止まった。

 

聖域都市禁止法? 定義のない聖域都市を禁止する法律って、何だろう?

 

調べると、さらに動きがあった。州の法施行に対し、州内の複数の自治体が反発し、州を提訴する事態になっているというのだ。

 

禁止法の中身を調べた。簡単に言えば、「聖域都市に対し、連邦政府当局(=ICE)の不法移民摘発に協力するよう規定した法律」だ。テキサス州が初めてではなく、ミシシッピ州など南部の保守的な州を中心に同様の法律がすでに制定されているという。形態や内容は州によって違いがあるようだ。テキサス州が制定する禁止法では、連邦政府当局の指示に従わない自治体には罰金が科されることなどが盛り込まれている。

 

テキサス州内で州政府と自治体が攻防を繰り広げる構図を取材すれば、聖域都市の実態がもう少しクリアに見えてくる気がした。聖域都市を巡る旅の第1弾としてテキサスに行くことにした。

 

 

この記事は『ルポ 不法移民とトランプの闘い』(光文社新書)より一部を抜粋、再構成してお届けしました。

 

(後編へ続く)

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