「黒石 新宿鮫ⅩⅡ」著者刊行記念 ロングインタビュー 大沢在昌
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ryomiyagi

2022/12/08

大沢在昌さん

 

「いままで書いたことがないから書く意味がある」

 

――小説宝石で連載された『黒石 新宿鮫ⅩⅡ』がいよいよ刊行されます。前作『暗約領域 新宿鮫ⅩⅠ』からは三年ぶりで、その前の作品『絆回廊 新宿鮫Ⅹ』から八年あいたのと比べると、かなり短いように感じます。

 

大沢在昌(以下大沢)『絆回廊』で「新宿鮫シリーズ」(以下「鮫」)としてもかなり大きな変化があって、その次を書くのにもかなり覚悟が必要だったので時間がかかったんだけど、頑張って『暗約領域』を書いた。そうしたら大きな山を登った感じがあって、このあとは登った山を下りてきた勢いがあるうちに次を書いた方がいいのかな、という気分になっていた。

 

前々から次に書くとしたら、フィジカルなアクションがあったほうがいいな、というのがあったんだ。『毒猿』のように戦争みたいなアクションではないんだけど、ちょっと派手なものにしたかった。

 

で、なぜそれがこの『黒石』という作品になったのかなんだけど、この話は、殺し屋がいて、その存在を突き止めるところから始まって、そこからその正体に向かっていくというシンプルな構造の話なんだ。前回は謎解き風味が入った話だったんで、今回は割とストレートに犯人捜しみたいなものにしようかな、と考えていた。

 

――“黒石”のキャラクターが最初に生まれて、そこから物語ができてきたのですか?

 

大沢 いまとなってはよくわからない。例によってまったく考えずに書いているうちに、この“黒石”という男の話なんだな、と見えてきた。

 

――最初の、公安の矢崎が鮫島に、地下ネットワーク「金石」の幹部・高川が“黒石”に怯えているという話をする場面ではまだ“黒石”のキャラクターは考えていなかったのですか?

 

大沢 そういう殺し屋がいる、というのは考えていたけれど、最初の登場のモノローグから、自分のことを「ヒーローだ」といっているのは思いつきだよね。その瞬間にぽんと出てきて……。

 

――そうなんですか! すげぇ……。

 

大沢 “黒石”のその思い込みが書いていて楽しくなってきて、これでいけるな、と思ったんだ。俺は凄腕の殺し屋だ、みたいなことは全然思っていなくて、むしろ自分は正義の味方だと思ってる、そのずれっぷりがいいな、と。

 

殺し屋なんて、正当化すればするほどおかしなことになる。でも、本人が自分のことをヒーローだと思いこんでいれば、殺しをやろうが平気なわけだ。

 

連載中に、“黒石”のキャラクターが予想以上に面白がられた。“黒石”はあまり外部と交流をもたず、閉じて限定された世界でふだんは生活している。そして指令が来ると外に出かけていって“害虫駆除”をする、そういう存在として自分を規定している。

 

もちろん最初からそういう人間だったわけじゃないんだけど、弾みからそうなって、そこに快感を見いだすと、いろんな工夫をしたり、自分なりの凶器を製作したりするようになる。さらに自分なりの理屈をどんどんつくり、後追いで自分を正当化していく。

 

最初は違ったくせに、まるで生まれついてこういう人間だ、って自分で自分を思い込んでしまう。でもそういう人間が偉業をなすということもあると思うんだ。“黒石”はそういうキャラクターだね。

 

――いままで「鮫」に登場した、毒猿とか、『屍蘭』のふみ枝とか、『暗約領域』の田中などの殺し屋と、全然違うタイプですね。

 

大沢 全然違うね。プロフェッショナル・キラーでもないし、復讐であったり、誰かを守るためであったり、あるいは任務であったり、ということで人を殺しているわけでもない。自分では「任務」だといっているが、サイコパスなので、そこに喜び、やり甲斐を感じている。

 

――快楽殺人ですね。

 

大沢 そうだね。一時期、そういうサイコパスのキャラクターがすごく流行ったので、その時はあまり書きたいと思わなかった、意図的にそこから離れていたんだ。『羊たちの沈黙』という大傑作もあったしね。時間もたって、そろそろ書いてもいいのじゃないかな、というのはあった。

 

――読んでいて、あまりサイコパスという感じはしなかったです。

 

大沢 “黒石”が第三者とふれあう場面は上野のバーぐらいで、それ以外に誰かと話してサイコパスを感じさせる場面はないからね。あまりそういうのは見せない方がいい。ああいうものは怪獣映画と同じで、見せれば見せるほど怖さは失われていく。ちらちらっと見せる方がいい気がするんだ。

 

――殺し屋に限らなくても、こういうキャラクターは「鮫」でも初めてですね。

 

大沢 そうだね。だから書く意味がある。いままで書いたことがないから、書こうと思うわけでね。

 

――今回の作品で、書いていて一番ご苦労されたところはどのあたりですか?

 

大沢 時間の整合性だろうね。中国残留孤児三世の話で、登場人物たちが最初中国にいて、のち日本に来る流れがある。彼らがどうしてそういう人生を歩むことになったのか、中国と日本という二つの場所のそれぞれの時間をすりあわせなければいけない。

 

あともう一つは、今回はすでに死んでいる人間として出てくる新本ほのか。彼女は『暗約領域』では金石に所属して、ある知能犯罪を行っていた、と語られているけれど、この作品では、それは彼女ひとりの犯罪ではなく、うしろに誰かいたのではないか、と疑われる。本人は死んでいるけれど、そこで二つの話がつながってくる。彼女の存在で二つの話をつないでいったところも気をつかった。その設定も後づけで思いついたんだ。

 

――え! ではほのかの「兄妹関係」も?

 

大沢 後づけだよ。だったら面白いな、と思って。そういうのがつながってくると、妙な怖さみたいなものが出てくるじゃない。因縁というか。

 

ふだんはそういう家族の話にするのは好きじゃないんだけど、今回はいいか、と思った。金石という組織の性格や成り立ちを考えても、家族の話に持って行くことは、この物語世界では違和感がないだろう、というのがあったんだ。それはつくっているときの感覚だよね。

 

大沢在昌さん

 

――書き出す前にどれくらいのことを決めていたんですか?

 

大沢 金石の幹部で、“黒石”に狙われる八石のメンバーのことはある程度、決めなきゃいけないと思って、それぞれの名前や仕事、犯罪に関わっているかどうかなどの設定を考えておいた。

 

八石と“黒石”との関係でいうと、八石がマフィアの長老会議みたいなもので、“黒石”はその指令を受けて動く、というのだと話はわかりやすいんだけど、組織の殺し屋みたいになって、それだとありがちじゃない。

 

また“徐福”が金石を牛耳ろうとしているという流れの中では、“黒石”が組織の側だと、“徐福”を殺しに行くことになる。そうじゃないな、というのもあった。

 

――“黒石”をつかって金石を支配しようとする“徐福”という存在は最初から考えていたということですか。

 

大沢 そうだね。“徐福”イコール“黒石”、というのも考えたんだけれど、やっぱり違うな、と。特に、最初の“黒石”のモノローグを書いた時点で、こいつは金石を牛耳るキャラじゃないな、と思った。

 

そうなると“徐福”のキャラクターも考えなくてはいけなくなる。実は“徐福”のキャラクターはなかなか難しかったね。最初は共産党の研究をしている、とかすごくインテリの知能犯という感じで情報を出したけど、どういう背景を背負っている人間なのか、を考えながら書いていた。

 

――矢崎が今回、鮫島のバディとして登場しますが、二人で事件を捜査していく、こういうスタイルは最初から考えていたのですか?

 

大沢 それも実は後づけで、矢崎が“黒石”の存在を鮫島に知らせに現れるところから物語は始まるわけだけれど、矢崎をずっとバディにするかどうかは、ちょっと迷っていたんだよね。だけど、まず殺し屋の存在を明らかにした上で、その正体に迫る、というストーリーの立て方って、やっぱり、いろいろな情報を持ってこられる人間がいないと、鮫島ひとりでいちいち情報を集めなくてはいけないので、長い話になってしまう。情報を引っぱれる公安所属の矢崎を使って、正体を割り出していくというのでいこう、と。

 

問題はラスト近くになって、鮫島がひとりで“黒石”を捕まえに行くのか、矢崎を連れて行くのか、という場面。本来は鮫島がひとりで行くところなんだけれど、それを矢崎に気づかれて猛抗議をされてしまう。それで一緒に行く、というのも『絆回廊』で変わってしまった鮫島の現状としてはアリなんじゃないかな、と。

 

じゃあ、次の作品にも矢崎が登場するかというと、多分この作品で矢崎は退場するだろうと、思っている。そうじゃないと普通の刑事物になっちゃうからね。

 

――矢崎に加えて、今回は藪や阿坂課長と新宿署内でチームを組んで捜査にあたっていますが、それも大量な情報を読者にどう提示していくか、ということが理由ですか?

 

大沢 そうだね。それと、『暗約領域』で登場した阿坂に最初は反発していた藪が惚れこんじゃう、その辺も変化として面白いと思うしね。『絆回廊』以後の新しい新宿署、鮫島の新しい環境も書こうと思ったんだ。いつまでも、鮫島が署内で孤立して孤独だ、と書いているのもあまりに変化がないからね。

 

矢崎がこれまでのいきさつを知らない、という事もあって作品の中で過去のエピソードに触れる場面が多くなったね。『炎蛹』の思い出が出てきたり、鮫島も藪も撃たれたことがある、っていう自慢話に矢崎がブッ飛んだり、そういうずっと読んできてもらった読者に対してのいい感じのくすぐりも入れられたね。

 

――それは鮫島が『絆回廊』で受けた傷から立ち直ってきた、ということでもありますか?

 

大沢 そうだね。『絆回廊』で一度シフトチェンジして、『暗約領域』以後の「鮫」をシーズン・ツーみたいな感じで書けている、というところはあるね。

 

――今回、書きにくかったキャラクターはいますか?

 

大沢 登場させるキャラクターを書きにくいと感じるような経験は、「鮫」以外でも一度もない。

 

ただ、今回はヒロイン不在になったね。阿坂課長や、清本悦子、田中みさとなど女性の登場人物はもちろん出てくるけれど。ほのかはすでに死んでいる存在だしね。ただ、たぶんこの作品でもほのかがヒロインなんだよ。前作よりも存在感が強い。それはある登場人物の心の中でずっと彼女が生きているからでもあるんだけど。

 

――ほのかが何をやってきたか、どう生きていたのかを辿っていく話にもなりましたからね。

 

大沢 そう。『暗約領域』の作中では彼女が悪女といわれていた。それに対して、それほど悪女とはいえないという感想もあったんだ。そういう声へのアンサーになるかどうかわからないが、ほのかがいろんな人間に影響を与えていた、というのはこの作品で明らかにされたよね。

 

――『暗約領域』は登場人物が多いせいでしょうか、複数の視点で書かれていましたが、『黒石』では鮫島と黒石の二視点で書かれていますね。

 

大沢 複数の視点を使うっていうのは、読者に状況を情報として伝えるための多面的な見せ方で、ぶっちゃけ、あまりきれいなやり方じゃない。やっぱり一視点で情報を伝える方がいいに決まっている。複数視点を使うっていうのは、俺はきれいな小説ではない、と思うんだ。

 

一個の物語を五人とか六人の目で見て、連作短編みたいにして書いて、最後に全体を見せるような書き方をする人もいる。それは一見、よくできているように見えるけど、俺的にはずいぶん楽な書き方だ、と思っちゃう。最終的に著者が書きたかったことを一視点で描き切った方が、やっぱり小説としてきれいだし。ただ筆力は要求される。だから、できれば一視点で書くべきだと思うんだけど「鮫」の場合は、『新宿鮫』のⅠでエドの視点が入ったり、流れの中で多視点がお約束になっているところがあると思うんだ。そのお約束を使っている、というのはあるよね。

 

――“黒石”は彼の視点がないと、書きようが難しいですよね?

 

大沢 もっと出番が増えるだろうね。何かのかたちで鮫島と接触することがないと、鮫島に追っかけさせることもできないし。そうすると、違う展開になってしまうと思う。

 

――ラストは強烈な印象ですが、あそこまで書いて思いつかれたんですか?

 

大沢 そうだよ。あそこで“黒石”の視点を入れて終わろうと。“黒石”はそこで愕然ともしていないし、がっかりもしていない。まだまだ終わっていない、と思っている。それが“黒石”の怖さなんだ。

 

――すべてを自分に都合よく考える力を持っている……。

 

大沢 もちろん! そうじゃなければああいう生き方をしてこなかったし、ああいう犯行もしなかった。

 

――作品の発想についてうかがいましたけれど、お書きになっていて作品全体のサイズ感というか、どれくらいの枚数になるだろう、というのはどの段階でつかんでいらっしゃるのですか?

 

大沢 それは書いてみないとわからない。だいたい全体の半分あたりで、真ん中を過ぎたな、とわかるくらいで。今回は終わりが見えたのは、ラストから三回目くらいからかな。最終回は、これでラスト、逮捕までいくな、と思って書いていた。

 

――そこから先には何か起きることはないだろう、と感じながら書いているということですか?

 

大沢 やろうと思えば、何か起こすのはいくらでもできるけど、たださすがに、無駄に引き延ばすのも駄目だ、と思っている。

 

今から十年くらい前かな、ある時期、俺の小説無駄に長いな、と思うことがあったんだ。連載していて、あまり物語が動かない小説が何本かあって、それは「鮫」を休んでいる九年の間のことだと思うんだけど、その時に反省したんだ。もっと物語を動かさなければだめだな、と。

 

ちんたら会話の場面が続いたりして、それでそこそこ読ませられるとしても、よくない、と。話を動かそう、ひとところで停滞するような書き方はやめようと決めたんだ。だから今回もあまり停滞する場面はなかったと思うんだ。

 

そうはいっても、もちろんちんたらしてしまうこともある。たとえば俺自身が物語の先を考えあぐねて、登場人物たちに会話をさせながら考える、みたいなところに陥っちゃうことはある。それ自体がだめではないんだけど、それがあまりに長かったり、何回も繰り返されると物語としては停滞するから、不正解だな、と思う。それで、机に『話を動かせ』って書いて貼ってたことがあるよ。

 

――すごい金言ですね。

 

大沢 週刊を三本、同時進行で連載をやっていると、週によって調子が悪いこともあったりする。そうするとついつい場つなぎの会話で一週書いちゃったりするから、いかんな、と思って、自戒を込めてその標語を書いたんだよね(笑)。

 

――「鮫」を書き始めるときに意識していることってありますか?

 

大沢 しんどいな、って(笑)。

 

――それは置いといて(笑)。

 

大沢 鮫島の思考だよね。頭のいい奴しか出てこない小説だ、って感想を読んで、たしかにそうだなって思ったことがあるんだけど、最近はそれでいいんだ、って思うようにしているんだ。

 

犯罪者も含めて、プロフェッショナルというか、やるべきことがわかっている人間しか出てこないのが「鮫」なんだ。

 

だから、彼らはAの行動があったら次はB、その次はC、Dだとわかって動いている。そういう気持ちで書いている。ただ、そこでBはあたりまえだけど、ここでBを書いたらだめだ、BをとばしてCにいかなきゃと思うときもある。そうじゃなきゃ「鮫」じゃない、と。

 

――それでは鮫島の頭の動きが「鮫」らしくなくなってしまう、ということですか?

 

大沢 たとえば、矢崎はBまで考えているんだけど、鮫島はCまで考えて動いている、それに矢崎が「あっ」と思う、とかね。

 

――書いていて楽しいキャラクターは?

 

大沢 藪、かな。だから藪と鮫島の会話にはまらないようにしているんだ。
「魔女」シリーズだと、水原と星川の会話のやりとりが大好きで、いくらでも書けるな、と思っちゃうんだ。そこでやりとりをしながら事件の謎を解いていったりもするし、それはあのシリーズに関してはいいと思ってる。それがウリというかね。

 

だけど「鮫」では会話で説明するのはだめだと思ってる。今回、矢崎が出てくることでそういう場面が多くなっているな、と思っていて、そういう批判があるかもしれないね。いままで鮫島は独立独歩だから、思考回路も地の文で説明していたからね。

 

――今回も、事件のあった場所、関係者のいる場所に行って事件を調べて、を繰り返しながら進んでいくかたちですね。

 

大沢 いわゆるインタビュー小説的なやり方というかね。土浦に行ったり、いろんなところに行く。そういうのは面倒くさくて書きたくないんだけどね。取材に行かなきゃいけないしさ。今回の常磐道周辺はゴルフで行ったり、ドライブをしたりで、割と行ってるんだよ。

 

――それで今回は、あのあたりが舞台になっているんですね。

 

大沢 それに、今回登場するような人たちが住むとしたら城東地区だろう、と。港区や目黒区、世田谷区より、江戸川区や葛飾区とかね。そこからアクセスのいい場所というと、千葉の北西部という感じになるわけでね。

 

昔は港区ばっかり書いてたけど、最近は本当に港区を書かなくなったよ(笑)。

 

――次作については、現時点でどのようなイメージですか?

 

大沢 しばらく「鮫」に関しては空っぽだね。この物語で『絆回廊』からつづいた「金石編」を完結するから、そこについては書き切った感じ。『暗約領域』の事件のあと、日本から逃げ出した陸永昌(ルーヨンチヤン)もまだ戻らないだろうから、次は金石とも永昌とも関わりのない物語になるだろうと思う。

 

いつ書けるかはわからないけどね。

 

『黒石 新宿鮫ⅩⅡ』
大沢在昌/著

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