ABAを自宅でやるのは難しい
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

 

ぼくの子は、とにかく言葉が出るのが遅かった。

 

発達障害の子は、能力値をレーダーチャートで描くととんでもなく不均一で、凸凹していることが多いけれども、突出して言葉がだめだった。

 

だから、意思疎通には苦労した。

 

言葉は苦手だけれども、あんまりいろんな欲求がないので、おとなしく仕上がっている子がいる。ぼくの子は、コミュニケーションがからっきしなのに、やたらと色んなことに首を突っ込みたがるので気苦労が絶えないことこの上ない。

 

人の食べかけのアイスを無言で奪っていくし、棚の上にあるみかんに手が届かないので勝手に人の手を使おうとするし。満艦飾のクレーン現象である(ぼくもふとんから出るのがおっくうなので、できる限り子どもの手を使ってタブレットを持ってきてもらったり、VRヘッドセットを準備してもらったりするが、あれもクレーン現象なんだろうか)。

 

だから、はじめてABAに行って、2時間ほどのプログラムを受けた後に、「おせんべいが欲しいよ」という指によるサイン(あ、もちろん世界的にそんな標準プロトコルがあるわけではなく、うちでしか通用しない独自ルールである)によっておせんべい欲を伝えてきたときにはびっくりした。

 

もっとも、言葉が出ないからといって手信号による意思疎通を試みることを否定している文献もあったので、いま療育中の方は真似はしないほうがいいかもしれない。専門家の意見を聞いていただければと思う。

 

とにかく、いままで嵐のようにせんべいとみかんを無言で奪っていたのが、トントンと手信号で「おせんべちょうだい」とコンタクトを試みるようになったのであるから、一気に生活が文化的になった。それだけで、「ああ、ABAに行ってよかったなあ」と思ったものである。高いけど。

 

で、ものの本を読むと、「可塑性の高い年齢のうちに浴びるほどABAをやったほうがいい」とか書いてあるのだ。鵜呑みにするわけではないが、実際効いてるしなあと思えば、可能な限り受けさせたいというのが親心である。いや、きれい事だけでなく、色々困難だったり迷惑だったりしていたことがちょっとずつ解決されるので、自分のためにも受けさせたいのである。

 

でも、評判のいい先生はひっぱりだこだったり、高コストだったりするので、「親が学んで自分でやりましょう」という話になる。ずっと一緒にいるわけだし、理屈の上では正しいんだろうけど、そんなにうまくいくものではない。やっぱり専門家は上手だ。

 

どうやって子どもの注意をひくか、あるいはそらすか。そんなちょっとしたことが、いちいち素人とは違う。想像しにくかったら、クロースアップマジックを思い浮かべていただくといいと思う。
左手で派手なアクションをして、観衆がそこに気をとられている間に、右手でカードを操作する。言葉にすればそれだけの話だし、至ってシンプルだ。

 

でも、理屈がわかっているからといって、みんながカードマジックの名人になれるわけではない。ぼくは一時期マジシャンに憧れていたので、カードは数え切れないほど使い潰したが、ダブルリフト(カードマジックで、一番上のカードを1枚めくると見せかけて、2枚同時にめくる技)すら満足にできない。たいてい、『手品先輩』(「週刊ヤングマガジン」で連載中の作品)のような結末を迎える。

 

たとえばABAをまねっこしようとして、「集中する」という成功体験をつませ、褒めて、その行動を強化したいから、集中させるようにタネを施すのだが、視線のあわせかた、ハンドアクション、体で視線を遮る手法、声かけのタイミングと声音、声量・・・・・・。プロの技の集積はすごいのだ。

 

訓練を積んだ先生がやると、1時間も集中して積み木に取り組み、お手本を模倣することすらできるのに、ぼくが同じようにやると5分もしないうちに積み木を食べ始めるし、お手本を真似させようとしたら、お手本をくちゃくちゃに崩して自分の積み木と同じようにした。斬新な問題解決法が多くて、毎回楽しかった。いや、ダメなんだけど。

 

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大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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