akane
2019/07/11
akane
2019/07/11
(第1回はこちら)
──みどり町は、モデルになった町はあるんですか?
彩坂 ないです。
「みどり町」って、全国どこにあってもおかしくないような親しみのある町の名前だと思ったんです。
読んだ人に、「これは自分の町かもしれない」と身近に感じてもらいたかったので、そういう名前にしました。
単行本では埼玉県となっていますが、雑誌掲載時はわざとぼかして書いていました。
黒木 僕は「小説宝石」に連載していたときから読んでいたんですけど、いちばん最初に抱いた感想は「お、やっとこっちに来たな」というもので。
というのは、彩坂さんがよくスティーブン・キングとかジョナサン・キャロルとか、質の高いホラーがとても好きで、いつか自分も書きたい、でもなかなか書かせてもらえないとずっと言っていたのを知っていましたから。
彩坂 「まず、ミステリーを書きましょう」って言われちゃう。
黒木 僕は、「締め切りギリギリにつっこめば大丈夫ですよ」と、よくないアドバイスをしていたんですけど(笑)。
好きなジャンルを書いたときの弾け方って、自分がいちばんよく知っていたので、いちファンとして、そういうものも読みたいなあと思っていたんです。
作品ごとに、ちょっとずつその気配が濃くなっていた気はしていましたけど、いよいよダムの決壊を肉眼で確認できるところまで来たな、と(笑)。
あと、こういう話を書こうとすると、どぎつい外連味を前に出そうとしがちなんですけど、この作品はバランスがほんとうに巧みで、そこに感心しました。
彩坂 単行本で書下ろした幕間のパートでは、超常現象を起こしたりしてホラーっぽい展開にしようと思ったんですけど、「意味のない超常現象は拍子抜けです」と担当さんに言われて心が折れました(笑)。
──そんな言い方はしてません(笑)。
彩坂 雑誌掲載時は、都市伝説や怖い話はせっかくだから入れたいと思っていましたけど、超常現象を起こしたり、ということは考えていませんでした。
一編一編はミステリーで、ただ「これはどうなんだろう?」と思わせるような不穏な余韻を残せたらいいな、と思っていて。
単行本の書下ろしだけ、意味のない超常現象を入れたかったんです。
──お互いの食い合わせが良くないじゃないですか(笑)。
彩坂 光文社は、私の好きな『異形コレクション』を出している出版社だから、そのイメージに引きずられたところはあったかもしれません。
──ぜんぶ怪談だったら、全然反対しないんですけど……。幕間は、ラジオ番組の収録現場という設定になっていますが、このラジオ番組は、黒木さんがかつて出演していた番組がモデルになっているそうですね。
黒木 僕もそれを伺ってビックリしました。
山形のコミュニティFM局から、4年ほど前に、「ラジオ番組を持ってもらえませんか」というお話がありまして。
裏側を暴露してしまうと、専業作家になる以前に勤めていた会社が、その局の番組をお手伝いすることになったらしいんです。
でも、開局したばかりのコミュニティFMになかなか番組のプランはなくて。
それで白羽の矢が立ったのが、すでに会社を辞めていた元社員の僕だったわけです。
で、まあ、ギャラもへったくれもないんですが、「恩返しにやりましょうか」ということになって。
「オカマの妖精のポー」というコンプライアンスをくぐり抜けたことが奇跡のようなキャラクターのアシスタントと一緒にやっていました。
──それは、そういう人物がいらした、ということですか?
黒木 あくまで公式には、人ではなく妖精です(笑)。
まあ、正体は僕の身近な人物なんですけど、本人が地声で出たくないということだったので、
ファルセットボイスの妖精ということになりました。
当初は、僕が書いてきた怪談を朗読して、過去にはどういった類似の事例があるのかなどをポーちゃんと一緒に解説していく態だったんです。
ところが、だんだんポーが「そんなことあるわけない」と解説にケチをつけていくようになっていき、最終的には、ただダベっているだけで30分乗り切るようになっていった、と。
彩坂 ポーちゃんがフリーダムすぎるんですよ。
それを黒木さんがおさえて、一生懸命舵を取るという(笑)。
黒木 あの妖精はストレスがたまると、
公共の電波で言っちゃいけないことを言おうとするんです。
──生放送だったんですか?
黒木 事故防止のために直前収録でした。
某所のスタジオで録るんですけど、最初の頃はそのスタジオが工事中で、廃倉庫の隅で録ったりもしていました。
だから、いるはずのない人の声が入っちゃったり。
彩坂 作中のラジオ番組でもハプニングは起こりますけど、黒木さんの番組でも結構色々ありましたよね。
屋外で収録していたら蝉の鳴き声がすごく賑やかだったりとか、黒木さんの番組なのに黒木さんが来ないとか(笑)。
黒木 一回寝坊しました。
収録なんですけど僕よりもスタッフのスケジュールがタイトで、「僕ら午前中しか空かないんで」って言われたりして。
だからパーソナリティがいなくても収録は始まっちゃうんです。
痛風で動けなくなったときに、電話で出演したこともあります。
『異界遺産』というタイトルの番組なのに、30分、「痛風がいかに痛いか」ということを切々と述べて終わったという。
いろいろフリーダムな番組でしたけど、いちおう基本としては、『みどり町の怪人』作中の番組のようなテイストでしたね。
彩坂 作中のパーソナリティである白河ポウの名前は、妖精のポーちゃんから取ったんじゃなくて、
エドガー・アラン・ポーから取ったという設定なので、それは念のため申し上げておきます(笑)。
黒木さんの番組は、今でもYouTubeで公開されていて、第一回から聞くことができるんです。
黒木 困ったことに、そうなんですよ……。
僕は最初、コミュニティFMの限られた聴取可能地域に流れる番組だからということで、出演をOKしたんです。
こんなものが広く世に知られてしまったら大変なことになるので(笑)、「絶対に県外の人の耳に入れるわけにはいかないんだ」とスタッフに力説していたんですけど、放送開始から半年くらい経った頃に、埼玉県の方から「毎回楽しみに聞いています」というお手紙が届いて、「どういうことだ?」と(笑)。
彩坂 私、久しぶりに昨日聞いてみたんですが、たまたま聞いた回が怪談でも何でもなくて、「ポーちゃんのお悩み」という内容で。
30分えんえん、ポーちゃんのお悩みを黒木さんが聞いてあげてるんですよ。
すごい回だなって(笑)。
黒木 あまりに自由すぎて、事故が起こる前に終わらせた、という。
──どれぐらい続いたんですか?
黒木 恐ろしいことに、まる三年ほど続きました。
YouTubeのおかげもあって、最後の一年半くらいは毎週ハガキやメールでお便りが届いていました。
お便りが増えてからは、進行しやすくてありがたかったです。
彩坂 またリスナーさんが濃いんですよ。
黒木 濃い方ばかりでしたね。
ラジオ番組が育つ過程を味わいましたね。
「ああ、リスナーさんってこうやって追いついてくるんだな」と実感しました。
──どのキー局からパーソナリティの話が来ても大丈夫ですね。
黒木 いや、絶対にやらないです(笑)。
狭いムラの中だからのびのびやっていたけど、大きなところから呼ばれると僕はたちまち面白くなくなりますから。
「義務感が生じた途端に君の目は死ぬよね」って言われたこともありますし。
──金儲けにならないところが得意なんですね。
黒木 そうらしいです(笑)。対価が発生した瞬間に無価値になるという。
──とはいえ、ローカルの小さなラジオ番組でも、作中にあるようなムーブメントは起こりうるんですね。
黒木 なくはないと思いますよ。配信の手段も拡がりましたから、なおのこと。
ラジオってコアなメディアなので、一定数の人が食いつくと、こういうムーブメントも起こるよなあ、と思いながら
『みどり町の怪人』を読みました。
そういえば、僕がやっていた番組で一時期、「くねくね」という都市伝説の報告が異様な頻度で届いたことがあるんです。
似たような目撃談があちこちから、何の示し合わせもしていないのに、三週くらい続けて。
あれはちょっとびっくりしましたね。
(第3回につづく)
『みどり町の怪人』『掃除屋』の刊行を記念してトークイベント&サイン会が開催されます。
この対談を読んでご興味をもたれた方、ぜひ足を運んでみて下さい!
日時 2019年7月20日(土)15時開始
戸田書店山形店にて 入場無料・予約不要
詳細はこちら
【発売中】『みどり町の怪人』光文社
彩坂美月/著
埼玉県のローカルな田舎町・みどり町。この町には怪人が出ると噂されている。未解決の殺人事件も、深夜、墓地に出没するのも、自分を追いかけてくるあやしい陰も、みんな、怪人なのかもしれない……。都市伝説×コージーミステリーの野心作。
山形県生まれ。早稲田大学第二文学部卒。2007年、『未成年儀式』で第7回富士見ヤングミステリー大賞準入選。2009年、同作が単行本として刊行され、デビュー。近著は『僕らの世界が終わる頃』『金木犀と彼女の時間』。
『掃除屋(クリーナー) プロレス始末伝』集英社文庫
黒木あるじ/著
2019年7月19日(金)発売
ピューマ藤戸は50歳のロートルレスラー。あちこちの団体の興業に参加するが、前座やコミックマッチが主の、地味な存在だ。しかし、彼には、「掃除屋(クリーナー)」という裏の顔があった……。プロレスとプロレスラーへの愛に溢れた、傑作人情活劇!
1976年、青森県生まれ。東北芸術工科大学卒。2009年、「おまもり」で第7回ビーケーワン怪談大賞佳作入選。「ささやき」で第1回『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞。2010年、『怪談実話 震(ふるえ)』が竹書房文庫より刊行され、デビュー。近著は『怪談実話 終(しまい)』『黒木魔記録』。
2019年6月25日 文翔館(山形県郷土館)にて撮影、山形貸し会議室にて収録
撮影=藤山武
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