「ゆるくつながること、それは希望です」|松田青子さん新刊『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』
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2021/05/15

撮影/松蔭浩之

 

本誌の書評連載が大好評の松田青子さんは、昨年、アメリカのTIME誌が発表した「’20年のベスト本10選」に選ばれました。世界中が待望する新刊は中短編を収録した作品集です。「ゆるくつながっているのが希望だと思う」と松田さん。繰り返して読みたい、ただならぬ逸品ぞろいです。

 

“ゆるくつながることの重要性”をコロナ禍の今だからこそ強く感じます

 

『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』
中央公論新社

 

 ’16年の『おばちゃんたちのいるところ』が世界中で大反響となり、’20年にはアメリカのTIME誌が発表した「’20年のベスト本10選」にも選ばれた松田青子さん。国内外の本読みたちが待ち侘びていた新作『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』は、さまざまな文芸誌などで発表した中短編11本を収録した作品集です。

 

 表題作は、日本で生まれ日本で育つ、“男の子になりたかった女の子になりたかった女の子”の話。この子の兆しは早くから現われ、幼稚園や小学校では「男の子」「女の子」と区分けされるさまざまな物事に鈍感で……。「ゼリーのエース(feat.『細雪』&『台所太平記』)」は、正吉と妻の美佐子が作るゼリーの話。ゼリーたちは身が固まり始めると冷蔵庫の中でおしゃべりを始めます。しかし、なかにはなかなか身が固まらないゼリーもいて……。「誰のものでもない帽子」は幼い子・乃蒼(のあ)を連れて知らない街のホテルにチェックインした“私”の話。部屋には洗濯機やシンク、小さな冷蔵庫が備え付けられていて、ベッドの脇には先に送っておいたスーツケースが横たえられていました。

 

「女性同士がつながり支え合うことを『シスターフッド』と言いますが、これにはさまざまな形があると思うんです。女性4人の人生と友情を描いたアメリカのドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』のような強固なつながりではなくとも、何かしらの形でゆるくつながっていることが大事で、それが希望だと考えています。
 今はコロナ禍で物理的に人に会えなくなり、DV、モラハラ、虐待などの問題が目立つようになりました。だからこそ、ゆるくつながることの重要性をこれまで以上に感じています。たとえばSNSだけのつながり。リアルには知らない人がSNSで発信した小さい話を覚えていて、自分の行動が変わるということもあると思うのです。この本に収録するために書いた『誰のものでもない帽子』はまさにそういう話です」

 

 収録されているのは’14年から’21年の間に発表した小説です。どの作品も時代を見事なまでに切り取っているのですが、7年前に書かれた「物語」は、今読んでもリアルで斬新でパワフル。主観や偏見、社会通念、主義が“物語”として人々を支配しようとする姿を滑稽味あふれる筆致で描きます。

 

「ちょうどSNSが流行し始めたころに書いたのですが、それまでなかったことにされていた声が可視化されるようになった一方で、何でも消費されるようになったことに驚きました。収録するにあたり、古くなっていると思ったのですが、少しもそうではなかったのが逆にショックでした。世の中、変わっていないということですから。
 そのSNSも、最近は白か黒の二択になることが多いように感じています。今回、改めて思ったのですが、私が書きたいのは“私たちはいかようにも変容できるグラデーションのある状況にいる”ということ。ゆるくつながるとはそういうことだと思うのです。そういう物語を書いているので、必要としている人に届くといいな、と」

 

 固定的な視座や旧態依然とした枠組みに違和感を覚える登場人物たちに通底するのはしなやかな強さとそこはかとないユーモア。読後、干からびていた体中の細胞に水分が行きわたり、凝り固まっていた気持ちが潤うのがわかります。

 

PROFILE
まつだ・あおこ◎’79年、兵庫県生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。’13年、デビュー作『スタッキング可能』が三島由紀夫賞及び野間文芸新人賞候補。’19年、「女が死ぬ」がアメリカのシャーリィ・ジャクスン賞短編部門の候補、’20年には『おばちゃんたちのいるところ』がLAタイムズ主催のレイ・ブラッドベリ賞の候補(英訳:どちらもポリー・バートン)となった。

 

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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