ryomiyagi
2021/07/10
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2021/07/10
『琥珀の夏』
文藝春秋
吉川英治文学新人賞、直木三十五賞や本屋大賞など主な文学賞を30代で総なめにした辻村深月さん。2年ぶりの長編小説『琥珀の夏』で新境地を開いた辻村さんは執筆のきっかけについてこう語ります。
「子ども時代の記憶を俯瞰して書きたいとの思いがありました。小さいときに参加した行事などで大人に怒られたことがあったとしても、なぜ怒られたのかよくわからないままだったりしませんか。子ども時代の時間と大人になった今の時間はつながっているはずなのに、記憶の中ではどこか断絶していることが誰にでもあると思います。まずそこを書いてみたかった。
世の中に正解はないというのも書きたかったことです。子どものころ、大人は正解を持っていると思っていましたが、大人になってみると必ずしもそうではないことがわかります。絶対という正しさもこの世には明確に存在しないかもしれないのに子どもは大人に導かれてそれがあると思ってしまう。これも誰でも経験することでは? それから子どもが親を必要としていても大人が高尚な理想に夢中になって目の前の子どもが抱える切実な問題に気付けないことも社会的にはよくあることです。そのことも書きたい、と」
物語は弁護士の法子が〈ミライの学校〉というカルト集団を訪れ、同団体の跡地から発見された女児の白骨死体について責任者の女性・田中に尋ねるシーンから始まります。法子には小学4年生から3年間、毎年〈ミライの学校〉が主催する夏の〈学び舎留学〉に参加した経験がありました。これは、〈ミライの学校〉で自主性を育てるために親と離れて共同生活を送る子どもたちと1週間共に過ごす夏合宿。その合宿の最中に初潮を迎え戸惑う法子を救ったのは〈学び舎〉で暮らす同い年のミカ。ミカは法子に「友だちだと思っていい?」と言ってくれたのでした。
白骨死体が誰なのか、ミカはどんな人生を辿ったのかなどミステリーの本筋と共に注目したいのは作中で展開される教育論です。
「〈ミライの学校〉がやっている問答は、今の学校教育が子どもに求めるものとよく似ている。主体性を育むようで、気をつけないと大人が望む正解を言う力が育ってしまう危険性があると思います」
カルト集団を描くつもりで始めたわけではない、と辻村さん。
「現在60代後半の私の母の世代と41歳になった私の世代では女性の在り方に乖離があります。母の世代は専業主婦が多く、持ち前の真面目さと熱心さを教育に注ぐ人も多かった。子どものことを曇りない気持ちで考えるあまり高い理想を持ち、肝心な目の前の子どもの存在を見失ってしまう。特殊なルールを持つ共同体については、当事者以外語ることが許されない雰囲気がありますが、作家が想像を駆使して書く意味は必ずあると信じています。
20代30代のころは“あなたの見ている真実には違う側面がある”と書いていた。40歳を過ぎた今は、一歩踏み込んで“真実などないこと”“見失った相手とも再びつながり直せることか”を書きたいのです」
中盤から最終章にかけての緊迫した感情描写は圧巻! 人生が愛おしくなる並み外れた作品です。
PROFILE
つじむら・みづき●’80年、山梨県生まれ。’04年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。’11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、’12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞、’18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞受賞。
聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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