BW_machida
2021/06/26
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2021/06/26
『ファウンテンブルーの魔人たち』
白石一文/著
男女の生と性を描き、多くの読者を魅了してきた直木賞作家の白石一文さん。デビュー以来、恋愛小説を多数発表してきましたが、新作『ファウンテンブルーの魔人たち』はこれまでの作品とは一線を画す近未来小説です。
舞台は東京・新宿二丁目の超高層マンション・ファウンテンブルータワー新宿。そこで小説家の前沢倫文は恋人の英理と暮らしていました。ある日、倫文は17階の別々の部屋に住んでいた3人が立て続けに死んだこと、現場で幽霊が目撃されたことを知ります。倫文はマンションを建てたレットビ・グループ総帥・白水天元のAIロボット「マサシゲ」や英理とともに不可思議な事件の謎を追います。
「男と女の関係がうまくいかなくなってきていると思っているんです。僕が若いころはトレンディドラマが全盛期で、いろいろあっても最後はシンデレラや白雪姫みたいに好きな人と結ばれて幸せになるという物語が成立していました。『ほかならぬ人へ』を書いた’09年ごろは、男女の恋愛は人生の宝だと思っていました(笑)。ところが、最近“男と女の恋愛はもう成立しなくなってきている”と認識が変わりつつあります。この小説はそんな認識がベースになっています」
“コロナ禍で出会いの場が減った”“インターネットゲームのしすぎで脳が変わってしまった”など巷でよく耳にするような理由ではないと白石さんは言います。
「昨今、ジェンダー問題が盛んですが、ここに女性の権利侵害だけでなく性的な課題がストレートに入ってきました。女性たちが長年口にできなかった性的虐待やレイプ問題が公然化し始めると、驚くほど被害者が多いことがわかってきた。性的なことは、これまで男の快楽やエンタテインメント、欲望の追求として片付けられてきましたが、その副作用があまりにも大きいことに女性も社会も気づきだしたのだと思います。
性的マイノリティも同様で、蓋を開けてみたら隣にも、その隣にもそういう方々がいて少しも少数派ではないことがわかってきた。結局、“男と女”の恋愛は人類が繁殖するためのイリュージョンにすぎなかった。その化けの皮が剥がれかけてきたと思うんです」
物語にちりばめられているのは、性別も姿形も変幻自在で人間とのセックスも可能なAIロボットや人工子宮など数十年後には現実になっているかもしれない科学技術。これらが伏線となり、ラストで鮮やかに回収されるのも爽快です。
「感情のあるAIは簡単にはできないでしょうが、セックス専用のAIロボットはじきに作られるでしょう。繁殖のためのセックスは不要となり、同性同士でも遺伝子操作で子どもを作れたり人工子宮が当たり前になる時代が来る。そうやってセックスと出産をテクノロジーが代行するようになると、性別も性指向もたいして意味がなくなり、男だから偉いとか異性愛者が絶対などの価値観はなくなって、あるがままの人間が評価される時代が来る。そんなことも考えながら大嘘話を書きましたので、楽しんでいただけたら嬉しいです」
読み手の想像力をはるかに凌ぎ、あらゆる既成概念をぶち破る本作品。これほど強烈な破壊力を持った長編小説は滅多にありません。
PROFILE
しらいし・かずふみ●’58年、福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。文藝春秋勤務を経て、’00年『一瞬の光』でデビュー。’09年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で第22回山本周五郎賞を、’10年には『ほかならぬ人へ』で第142回直木賞を受賞。
聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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