僕が小説を書くなんて 高知東生
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BW_machida

2023/03/13

「高知さん、小説を書いてみませんか」

 

光文社の編集者さんからこう声をかけられた時は「何を言っているんだ?」と、正直あきれた気持ちだった。編集者さんは僕のTwitterの呟きを見て「この人は文章が書ける」と思ったそうだが、とんだ見込み違いだ、買い被らないで頂きたいと最初は固辞した。

 

ところが依存症から共に回復努力を続けている仲間に「高知さん、何言ってるんですか。世の中小説を出したい人がどれだけいると思っているんですか。頂いたチャンスは謙虚に受けるべきです」と叱咤激励され、戸惑いながらもお引き受けすることとなった。

 

軸となる主人公の名前は「竜二」にしよう。これはお引き受けしたときから決めていた。

 

早逝の天才、金子正次さんが脚本・主演を手がけた映画『竜二』へのオマージュである。この映画は一九八三年に公開され大ヒットを飛ばしたが、公開の前年に母親を自死で亡くしたばかりの一八歳の僕は、孤高の道を生きることを選んだ竜二に心酔し支えとしていた。「いつか金子正次さんのように僕も自伝的青春群像劇を脚本にしたい」まさかその願いが小説として実を結ぶとは思ってもいなかった。

 

小説を書き出すと、意外にも自分が楽しめていることに気づいた。二〇二〇年に『生き直す』という自叙伝を出版したが、ノンフィクションでは差し障りがあり書けなかったことも小説なら自由に形にできる。がんじがらめの人間関係の檻から出て、羽が伸ばせる感覚があった。小説家の先生方がどんな手順で書かれるのか判らないが、僕は役者なのでストーリーをまず映像で考え、その後プロットを起こしていた。

 

「この役は俳優なら誰が適任か? どんな演技をつけるか?」
そんなこともメモしてイメージを具体化していった。もちろん自分の思いを言葉に紡ぐ難しさで度々壁にぶつかったが、今まで頭脳労働などしたことがなかった分、使ったことのない脳みそが動き出す気がして、その苦しみすら生き直したいと願う自分の成長に思えた。

 

単行本化の話を頂いたときに「土竜」というタイトルが浮かんだ。「生涯土の中に埋めておこうと思った話がひょっこり顔を出した」この小説はまさに土竜そのものだと思った。

 

恥だと思って隠し続けてきた心の内を小説という形で表現できた。土竜なりに一生懸命生きてきたなと思う。

 

『土竜』
高知東生/著

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