第二十五回 今井真実「いい日だった、と眠れるように 私のための私のごはん」
関取花の 一冊読んでく?

ryomiyagi

2022/07/01

近所にお気に入りのパン屋さんがあります。と言っても、天然酵母を使っているだとか、ケーキみたいにお洒落なデニッシュが売っているだとか、内装がお洒落でまるでパリのお店みたい! とか、そんなんじゃありません。ごく普通のチェーン店です。でも、だからこそいいと言うか、何を食べても慣れ親しんだどこか懐かしい美味しさがあって、妙に好きなんです。ちなみにあとから調べたら学生時代に放課後友人とよく行っていたパン屋さんと系列店でした。だからなんかホッとするのか。

 

そのパン屋さんではシーズンごとに新商品が出て、大抵店頭の一番目立つところに並ぶんですが、これの入れ替わりがなかなかに早い。どれくらい早いかっていうと、松屋で新メニューが出るくらい早い。一時期のペヤングの新味登場ラッシュくらい早い。まあとにかく気になった時に食べておかないと、タイミングを逃しちゃうんです。「気になるなあ、でもまあやっぱり定番のやつにしておくか」なんてことをしてしまったら最後です。次買いにきた時にはもうないかもしれません。

 

特に新商品が次々と出るのが夏のシーズンで、季節ごとのフルーツを使った見た目にも涼しげなパンが出たりと、見ているだけも楽しいです。最近は夏らしく柑橘系のフルーツを使ったパンが出ていて割とプッシュされているのですが、こういうのは早めに食べておくのが吉です。通っているうちにわかるようになってきたのですが、そういう原価高めの素材を使ったパンは早々にメニューからいなくなったりするので、見つけたらすぐ食べておくのが鉄則です。

 

でも、思ったよりも人気だったら準レギュラーメニューになったり、翌年の同シーズンにまた復活したりすることもあります。そのために、「これだ!」と思ったパンは買える時に買うようにしています。「推しは推せる時に推せ」なんて言いますけど、まさにそれですよ。私の清き一票(という名のパン購入)で、その子の来年の未来が変わるかもしれないんですから。

 

だから私は今もこの原稿を書きながら、その柑橘系のフルーツを使った最近の推しパンを食べているというわけです。爽やかな酸味のあるソースが、バターの味と香りがじゅわっと広がる生地と合わさって、口の中で最高のハーモニーを奏でています。嗚呼、尊い。もういっそ定番になってくれたらいいのに。チョココロネ、クリームパン、クロワッサン、ハムチーズ、カレーパン、明太フランスに並んで、神7に入っちゃえばいいのに! とかなんとか言いながら、また新しいパンが出たらすぐに目移りしちゃうんですけどね。

 

でも、忘れかけた頃にまた出会えたら、その時はやっぱり嬉しいはずです。「え、去年のあれ復活してんじゃん、ラッキー」って来年思えるように、今食べられるうちにたくさん食べておくんです。……という名のカロリー摂取過多な自分に対する言い訳です。

 

ということで、先月はこんな質問をさせていただきました。

 

今月の質問:「最近「ラッキー!」と思ったことはありますか?」

 

質問しておいてあれなんですけど、そんなにわかりやすくラッキーなことってあんまりないんですよね(笑)。100円拾ったとか、割った卵が双子ちゃんだったとか、欲しかった服がセールになっていたとか、案外あるようでない。でも、もしかしたら自分のラッキーセンサーみたいなのが鈍っているだけなのかもなあとも思ったり。そしたらこんな素敵な回答をいただいて、ちょっとハッとさせられました。

 

お名前:みゆき
回答:いつもより信号に引っかからず、スムーズに職場に着けた! 1日の始まりに少しのラッキーがあると気分が良いです。

 

そうですよね、いやそうなんですよ。ラッキーってこういうことなんですよ。日常の些細な出来事にこそラッキーは潜んでいて、それを見つけられる、気づけるということ自体がラッキーなんですよね。なんかラッキーラッキー言いすぎて胡散臭くなってきましたね。

 

いやあ、でも実際自分も最近忙しかったり心の余裕がなかったりで、そういう何気ない幸せに気づけないでいる感覚はたしかにあって。特に今みたいなリリース前って四六時中アドレナリンが出まくっている状態で、常に戦闘モードというか、わかりやすい刺激にばかり反応しちゃいがちなんです。それはそれで悪くはないんですけど、でもやっぱり視界が狭くなっているというか、日常に落っこちている小さな豊かさを忘れてしまいがち。みゆきさんのおかげで、何か大事なことを思い出した気がします。ありがとう。

 

そして一冊の本をふと思い出しました。料理家の今井真美さん著、「いい日だった、と眠れるように 私のための私のご飯」です。

 

 

『いい日だった、と眠れるように 私のための私のごはん』
今井真実/著
2022年、左右社

 

私が今井さんのことを知ったきっかけはTwitterでした。こう見えて(どう見えて?)料理を作るのは好きで、料理家の方々のツイートを参考に夜ご飯のおかずを決めたりすることもしばしばあるのですが、その中でも今井さんのツイートにある料理の写真には特に目を引かれました。シンプルなのに彩り豊かで、野菜や果物など素材本来の色が生き生きと伝わってくる感じがして、ちょっと元気がない時やバテ気味な日でも、「これなら食べたい!」と思えます。

 

今回ご紹介する本は、そんな今井さんのエッセイ集です。間には四季の旬の素材を使ったレシピもたくさん挟まれていて、あくまでも日常生活の延長線上に料理はあるということを教えてくれます。旬のものを楽しむということは、五感を使って季節を感じるということ。その素晴らしさと、そこから見えてくる日常の何気ない幸せを思い出させてくれる一冊です。

 

私は食べることと同じくらい、料理をすることが好きです。
それは作るという行為が好き、というのとは少し違います。食べたいものを、自分の手で作れるという「自由」が好きなのです。(『はじめに』より)

 

本の帯にも書かれているこの文章が、私はとても好きです。私もなんで料理が好きかって、「なんか今日はこんな感じのものが食べたいな」と頭に思い浮かんだものを、自由に具現化できるところが好きなんです。スーパーに行って、店頭で山積みになっているものを見て旬を知る。じゃあせっかくだから今日はこれ買ってみようかな、ととりあえずカゴに入れる。この食材には何が合うかなと思いながらスーパーをぐるぐるしていくうちに、頭の中で独自のレシピが浮かんできたり、「あの時ツイッターで見たレシピにこの食材使うやつあったな」というのをふと思い出したりする。偶然見かけた何かやいつかの味の記憶が蘇ってきたりして、ただ料理をするということ以上の豊かさを感じられる気がするんです。

 

私の場合はそうやって自分のために料理を作りますが、今井さんは二児の母でもあります。誰かのために作るとなった場合、みんな何が食べたいんだろうかとか、誰はどれくらい食べるからこれくらいは作っておかなきゃとか、考えることは当然増えます。それ以外にも掃除、洗濯、子どもの送り迎えなどやることは山ほどあります。

 

すぐに、この後の段取りを考える。娘が宿題で必要としていた資料が、図書館にあるか探しに行こう。スーパーも回らなきゃ。撮影中に見られなかったメールもチェックして。お昼ご飯は食べ損なってしまったけど、料理中にたくさんお味見をしたから空腹はまだ我慢できる。帰ったら、すぐに夜ご飯を作ろう。
そうだ、茹で豚がいい。豚バラのかたまり肉を買って、きっと家に着く頃には、常温に戻って一石二鳥だ。(『夏のある一日のこと』より)

 

もしいつか私にも家族が増えたりしたら、きっと今みたいに自分だけのためにゆっくりスーパーを見てまわるなんてことも難しくなるでしょう。でもその代わりに、誰かのために使う時間の隙間から逆算して料理を作るという、自分だけのために料理を作っていた時とはまた違う楽しみ方を見つけられるのかもしれません。そしてそこから気づく自分自身の考えや美学もきっとある。本の最後の方ではこう書かれています。

 

パートナーや子供の笑顔を思い浮かべ、料理をするとき、それは幸せな時間でもある。しかし、期待した反応と違うとつまらなくなってしまい、それが続くと「虚しさ」につながっていく。だからこそ、私は自分の食べたいもの、作りたいものから今日の献立を決める。私の幸せは、私が守る。これが料理をする人の特権だ。
もしかしたら、子供の好きな味を新たに発見できるかも。食べたら嬉しいけど……まあ気にしすぎるのはやめよう。ビーツで指で染まるのを面白がって、私は毎日ご飯を作るのだ。家族がそれで喜んだら、それはラッキーだ。(『好き嫌いなんて知らないよ』より)

 

どんなに時間がなくても、やることがたくさんあっても、料理をする時の「自由」を決して忘れない。だからこそ大きな心でいられるし、喜んでもらえたらラッキーくらいの気持ちでいられるのかもしれません。料理にしても日常のその他の些細なことでも、ラッキーを感じられるか否かって、結局自分の心が豊かであるかどうかなんですよね、きっと。もう一度この本を読み返して、あらためてそう思いました。ちょっと最近忙しくて自炊もサボり気味だったので、このあと散歩がてらちょっと遠くのスーパーにでも行ってみようと思います。信号に引っかからないでスムーズに行けるかな、そしたら今日は超ラッキーだな!

 

 

この連載の感想は、

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いやしかし暑いですね。暑すぎます。7月頭って毎年まだクーラーは我慢していたような気がするんですけど、ここ数日はさすがにだめでしたね。8月はどうなっちゃうんだろう。なんとか涼しくして乗り切りたいところです。ということで次の質問はこちら。たくさんのご回答、お待ちしております!

 

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