本と和菓子、人を動かす力〈和菓子のアン〉イベント、潜入リポート
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ryomiyagi

2021/01/05

最新刊『アンと愛情』登場の和菓子を食べてきました!

 

11月11日~17日、銀座三越にて、坂木司「和菓子のアン」シリーズと老舗和菓子店の若手店主集団〈本和菓衆〉のコラボイベントが行われました。
作中の和菓子を実際に購入できる珍しいイベントに、坂木さんとも交流のある大崎梢、似鳥鶏両氏に訪れてもらいました。

 

 

本と和菓子、人を動かす力 大崎梢 

 

和菓子って、嫌いなわけでも食べないわけでもないのに、身近な存在には思えなかった。

 

特に創業ン十年(いや、百数十年?)という老舗だったりしたら、のれんをくぐる勇気などとても持てず、遠巻きに「すごいな」「さすが」と呟くだけで終わっていた。デパートの地下フロアにある店舗も似たようなもの。きれいに並んだお饅頭や練り切りに心が引かれても、気後れしてしまい買い物を楽しむ余裕はなかった。「和菓子のアン」シリーズを読むまでは。

 

このシリーズのおかげで親近感が湧き、『アンと愛情』の出版記念イベントにも参加してきた。

 

今回で四回目となる、老舗和菓子店とのコラボ企画だそうだ。作中に登場する和菓子がじっさいに作られ販売されると聞き、いたく好奇心がそそられるが、私にとって「老舗」の看板はまだまだ強すぎる。

 

とりあえず様子見から。などと思い、午前中の早い時間に到着したところ、会場はすでに多くの人でにぎわっていた。しかもアンちゃんシリーズならではのアットホーム感に満ちている。行き交う人たちがみんな笑顔で足取りも軽い。それもそのはず、並んでいるのは、「こころ」とか「こい」とか「春告鳥」とか、知ってる知ってると興奮してしまうお菓子ばかり。あれがこれか。それはもしかしてと、物語世界と現実がオーバーラップし、顔も緩むし財布の紐も緩む。お会計してくれる販売員さんたちも好調な売上げと相まってか、晴れやかな笑顔を向けてくれる。

 

会場では坂木司さんや似鳥鶏さんとも合流。色とりどりの可愛いお菓子を前に、心はみんな乙女です。きゃー綺麗。きゃー美味しそう。

 

中には、「秋の道行き」「はじまりのかがやき」というお菓子もあり、まるで立花さんが作ってくれたかのよう。「みつ屋」と刻印されたどら焼きは、粒あんとこしあんの二種仕立て。瓦せんべいをひねったような小さなお菓子、「辻占」の中に入っているのは坂木さん直筆の言葉。サンプルが置いてあったので覗きこむと、〝甘やかすが吉〟と。甘えるな、ではないところに、このシリーズならではのエスプリが効いている。

 

大崎梢・近影

 

会場の一角には実演販売のコーナーも設けられていて、私がお邪魔したときはわらび餅がこねられている真っ最中。リズミカルでいて力強い作業は、職人というよりアスリートを彷彿させる。出来上がった本わらび餅の輝きは漆黒の宇宙にも似て、ぷるぷるの食感が絶妙な歯ごたえで口の中を楽しませ、喉ごしの小気味よさには清涼感を伴う……って、ちょとだけアンちゃんの表現をまねてみたけど柔らかさが足りないわ。

 

同じ名前なのに形のちがうお菓子もあり、それは本から受けたインスピレーションをもとに、いろんなお店が独自の解釈で生み出しているから。職人さんひとりひとりの個性や技術が目でも舌でも楽しめる。

 

そう。作っているのはお店の職人さんたち。そのお店とは創業以来の看板を代々守り続けて来た老舗だ。私にとって上品すぎて近寄りがたい高級店イメージだけど、イベントではどこも明るくはきはきと、通りすがりになんとなく足を止めた人にも丁寧に商品説明をしている。「いらっしゃいませ」の声は爽やかで溌剌としている。

 

もともとこの企画は『和菓子のアン』を読み、その面白さに刺激され、自分のところで作ってみたいと声を上げた菓子店からの発案だそうだ。同志を募り、百貨店側に交渉し、細かい打ち合わせを重ねてイベントを成り立たせている。どこにそんな柔軟性やエネルギーがあるかと思えば、出店する側は皆、老舗であっても若い担い手が主体となっている。自らを「本和菓衆」と名乗り、新しいことに挑戦する楽しさを体現している。本和菓って心がなごむ意味の「ほんわか」をかけてる?

 

少なくともここに参加している若き後継者たちは、私のような一般市民が和菓子について「近寄りがたい特別な食べ物」と思うことをヨシとしていない。この世にあまたある美味しいスイーツと同じカテゴリーに置き、自由気ままに選ばれることを望んでいる。

 

その証拠にこんなエピソードを話してくれた。イベントを初めて開催したとき、女子高生が買いに来てくれたそうだ。アンちゃんのファンで、コラボ企画を知り訪れたのだけれども、なんと、デパート自体が初めてとのこと。もしかしたらうんと小さな頃に家族に連れられて来ているのかもしれないが、自分の記憶の中では初めてであり、自分の意志で足を運んだのも初めて。

 

女子高生はその後もイベントをのぞきに来てくれて、すでに高校を卒業して大学生か、社会人か。そんな縁をとても嬉しそうに、あるいは誇らしそうに語ってくれた。

 

本には人を動かす力があるのだと実感できるエピソードだ。その本を書かせてしまう和菓子にも力があり、その和菓子に携わっている人たちにも力がある。高い場所を目指して突き進んだり、大きな物事を築いたり、観衆に称えられたりする力ではないだろうが、人の心の機微に寄り添えたらどんなにいいだろうと願っている人には大事な力だ。励みであり、糧にもなるだろう。

 

坂木さんや似鳥さんにもこの話をすると、目を輝かせて聞き入ってくれた。

 

「今どきってデパートそのものに行く機会が減っているのかな」 「でも本がきっかけになるなんてすごい」 「食べてみたらほんとうに美味しくてリピートに繋(つな)がったのね」 

 

会場を提供してくれたデパートにも、新たなお客さんを呼び込めたとしたら、こんな嬉しいことはない。

 

帰宅後はあれこれ思い出しつつ、買い込んだお菓子を熱いお茶でいただいた。どら焼きの生地がふかふか。パンケーキみたい。柚がまるまるお菓子になるなんて。うぐいす色のお餅の伸びること。アンちゃんの二の腕を再現したという、遊び心いっぱいの「たるたる」。やわらかーい。

 

私が二の腕ならぬ二の足を踏み続けた老舗の和菓子店でも、のれんの奥でこんな美味しいものを作っているのだ。そう思えば、くぐらないのはもったいない。アンちゃんみたいな売り子さんが迎えてくれるかもしれない。

 

楽しい想像をめぐらせながら、原稿の合間に干菓子もいただいている。

 

店頭写真

 

和菓子は一種の祭りなのだ 似鳥鶏

 

 「祭りは準備をしている前日までの方が楽しい」という言葉があります。

 

いやそれは違うだろ、と思います。どう見ても祭り本体の方が楽しいです。ただ、準備をしている期間にもやはりそれ特有の楽しみがあることは間違いがないわけで、ついでに言うなら終わった後の片付け期間とかも心地好い達成感と寂寥感があってなかなか楽しく、つまり「祭りは当日だけでなくぜんぶ楽しい」と言うのが正しいのです。

 

さる十一月十四日(※コロナ第三波の前です。念のため)、銀座三越地下にて催された『和菓子のアン』コラボイベントにお邪魔して参りました。太ることは一切気にせず新作の和菓子を好きなだけ食べまくっていい、と頭の中のもう一人の私に言われたので「本当ですか? やった! ヒャッホォイ!」と躍り上がった主人格の方の私は頭の中が練り切りと餡子ともち米でいっぱいになり、案内してくれた担当Y氏を頭からガジガジ囓って鎮静剤を打たれ、夢見心地で会場に入りました。

 

祭りでした。

 

似鳥鶏・近影

 

会場は大いに盛り上がっておりました。土曜・銀座の賑わいの中、可愛らしくディスプレイされた和菓子の数々。作中で登場した「こころ」「懸想文」などの「実物」の他、なかなかお目にかかれないガチワラビ餅(本ワラビを用いたわらび餅。本ワラビ自体が高価なため貴重だが、その食感は謎海洋生物的外観に相違ないなめらかさで、「さあこれをどう表現する?」とばかりに小説家の擬音・詐欺擬態語能力に挑戦してくる唯一無二のもの。しかし筆者の力では「てゅるん」止まりなのがなんとも悔しい)、お店ごとに解釈が違うため様々な姿で表現された「春告鳥」など、桜色、桃色、東雲色や鳥の子色、憲房色、丁字色、瓶覗まで実に華やか、それにもかかわらず決して下品にならない色彩で飾り棚にちょんちょんちょこんと可愛く並ぶお菓子たちに、実際にデザインされた「みつ屋」のロゴ。サイン本の販売までしているお店まであり、私はイベントだー! とハイテンションになって担当Y氏の頭部を囓り、鎮静剤を打たれながら人混みをかき分け、あっこれも美味(うま)そう、これも可愛い、これは絶対好きなやつ、と落ち着きなくうろうろし、大量のお菓子を買い込みつつ適当にそこらのお客さんの頭部を囓り、担当Y氏に鎮静剤を打たれたりしました。華やかなのはお菓子やディスプレイだけではなく、店頭に立つ「本和菓衆」の若旦那軍団もそうで、しっとり渋い黒系の羽織から話題の炭治郎柄(*1)、頭にも桃色頭巾から鳥打帽、獅子頭、猪頭、タイガーマスク、ゴーゴンヘッドにガンダムヘッド、さすがにそこまではありませんでしたが様々な装いで祭り気分を盛り上げ、質問すればお菓子の由来からちょっと笑える時代小咄(こばなし)、漫才、コント、ナイフ投げ、ファイヤーダンスにガンダムファイト、さすがにそこまではありませんでしたが様々な接客で楽しませてくれました。実際、今回出品された中にもおみくじを封じた日本版フォーチュンクッキー「辻占」や半分をホワイトチョコで白く塗った「しろたえの(*2)」など、商品情報を知るとさらに面白くおいしいものがたくさんあり、和菓子屋の店員さんは適宜それを披露できる臨機応変さも必要とされるようです(作中の主人公が得意なやつです)。その時に得た知識がお菓子の「添え物」として食べる時の気分を引き立てるという側面もあり、それもまた和菓子の愉しみの一つ。私は若旦那衆から話を聞きまくり、感謝を込めて頭部をガジガジ囓り、鎮静剤を打たれ、なぜか急に眠くなったので寝ながら電車に揺られて帰宅し、家で「第二ラウンド」を始めました。言うまでもなく買ってきたお菓子を食べることです。自宅にいながら日本全国の味を愉しめるお取り寄せは便利ですが、直接お店に出向いてお菓子を買ってくるというのは、こういう形で二度愉しめるという、なんともお得な娯楽なのです。

 

そう考えてみると、つまるところ和菓子は一種の祭りなのだと言えそうです。祭りはそれそのものだけでなく前準備の設営から着ていく浴衣を買いにいく日、待ち合わせの時の気分から終了翌朝の小銭探し(*3)までそれにまつわる総てを愉しむ合わせ技の行事ですが、同じことが和菓子にも言えるのです。季節のディスプレイで華やかに彩られた店頭での買い物、店員さんから聞いたお菓子のちょっとした裏話、パッケージの美しさと家に帰って開封する時のワクワク感、盛られる器と添えられるお茶。そして色や形とそれにまつわるエピソードを思い出しつつ食べる一口目。そういう合わせ技の愉しみがあります。食べた後にどこかから小銭が出てくることはありませんが「うまかったなー」と余韻に浸ることはできます。

 

そしてこれは娯楽というものの本質でもあると思います。「楽しいこと」というのは要素だけを抽出して錠剤にして飲むようなことはできず、その計画、前日のワクワク、当日の道中から帰り道の回想まで、その場と時間、すべての合わせ技で成り立っております。合わせ技でものごとを愉しむ、というのはたとえば和菓子の檜舞台とも言えるお茶会もそうで、茶道はお茶の味だけを愉しむものではなく、会場となる茶室の雰囲気、床の間の掛け軸と華、障子を開けた庭の風景から参加者のお召し物、出された器に席での会話まですべてを愉しむという総合芸術です。とするとこれはけっこう、日本文化の真髄の一つなのかもしれません。

 

茶道が合わせ技の文化ならその一部をなす和菓子もまた合わせ技。和菓子が合わせ技ならそれを形作る練り切りなどの材料もまた砂糖や白餡の合わせ技。その白餡もまた……と続けていくと、けっこう果てしない気持ちになってきます。和菓子にまつわる世界は合わせ技の合わせ技、合わせ技のフラクタル構造でまるで宇宙のよう。そして日本庭園の箱庭は宇宙の構造を凝縮したものだとされており、それを眺めながらのお茶会、そこに出される和菓子……と、これはなんだか無限のループで、そんなことを考えていたら頭がヒートアップし、興奮して家から飛び出し近所のイヌをガジガジ囓っていたら飼い主に怒られて鎮静剤を打たれました。今は落ち着いてお菓子の前で正座しています。たぶん、落ち着いて食べた方がおいしいですし。

 

*1 あれは伝統的な「和柄」の一つ「市松模様」であり、漫画オリジナルの奇抜ファッションというわけではない。
*2 「衣」「襷」など、布製品や白いものにかかる枕詞。ここでは「田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ(百人一首・四番/山部赤人)」より富士をイメージしている。「日本人は、上部を白く塗ると何でも富士山に見えてしまう」という謎の心理効果を利用したお菓子。
*3 縁日の会場は暗い上に人が多いので、一度落とした小銭は拾いきれずに放置されることが多い。そのため昭和の時代には、縁日の翌朝、会場跡に一番乗りして小銭を拾い集める子供が多数出没した。言うまでもなく遺失物等横領罪(刑法二五四条)である。

 

 

 

『アンと愛情』 
坂木司/著

 

デパ地下の和菓子屋「みつ屋」で働くアンちゃんは、まもなく成人式を迎える。経験は少しずつ増えてきたけれど、お客さんたちが持ち込む様々な要望は多彩だし、和菓子に込められた謎は深まるばかりで……。累計80万部の大ヒットシリーズ、待望の第3弾。

 

大崎梢(おおさき・こずえ)
東京都出身。2006年、『配達あかずきん』でデビュー。近著に『ドアを開けたら』『彼方のゴールド』『さよなら願いごと』『もしかしてひょっとして』など。

似鳥鶏(にたどり・けい)
1981年、千葉県生まれ。2006年、『理由あって冬に出る』で第16回鮎川哲也賞に佳作入選し、デビュー。近著は『難事件カフェ』『難事件カフェ2 焙煎推理』『生まれつきの花』など。

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