akane
2019/06/06
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2019/06/06
前回のコラムでは、神が生物を創り出したとする「創造論」の世界を紹介するテーマパークのような施設「創造博物館」の様子を見ました。そこでは、現代科学は徹底的に否定され、聖書の世界が再現されていました。今回のコラムでは、ガイド・展示責任者の話や来訪者の声に耳を傾けてみましょう。
創造博物館の施設のなかのホールをのぞいてみると、解説を担当するガイドが熱く訴えていました。
「進化論は聖書の教えに矛盾し、聖書への信頼を揺るがすものだ。害のあるウソだ。なぜ、多くの人が進化論を信じているのか。それは彼らがそれしか聞かされていないからだ。彼らは洗脳されているのだ」
その口調は驚くほど怒りに満ちていました。しかも、ホールのなかの人たちはうなずきながら聞いていて、「それはちょっと違うんじゃないですか」などと言える雰囲気ではありませんでした。
進化論が洗脳の結果だとすれば、世界中で大がかりな「洗脳プロジェクト」が進んでいることになります。
では、ここの人たちは、世界中の多くの人がだまされて進化論を信じていると考えているのでしょうか。
私は、展示責任者のティム・チェイフィーさんに疑問をぶつけてみました。
「進化論が誤りだとすれば、なぜ、世界中の理科教師は進化論を教えているのでしょうか」
すると、チェイフィーさんは自信たっぷりな口調で語りはじめました。
「科学という権威のもと、物事をそのように見るように訓練されているからだ。進化論はまったく間違っているし、確実な証拠は何もない。しかし、特定の世界観のもとで化石を特別なやり方で並べてみせると、進化論が本当であるかのように思わせることができるんだ」
チェイフィーさんは「洗脳」という言葉こそ使いませんでしたが、特定の偏った見方を植え付けられているという意味で、考え方は同じでした。
でも、そういう考え方では学校のテストに落第しないのでしょうか。
余計なお世話とは思いながらも、私は心配になってチェイフィーさんに聞いてみました。
すると、次のような返事が戻ってきました。
「中学1年の時、理科の授業で出された地球誕生についてのテストで、『先生は約46億年前と教えたけれど、僕は約6000年前だと信じている』と答えた。先生は、それを間違いとはしなかった。私の信仰を認めてくれた」
中学生が自らの信仰をもとに、理科の授業で教えられることと違う主張をして、それが認められる――。宗教が生活に深く根付く、「アメリカらしさ」が感じられる話です。
ただ、チェイフィーさんにしても科学全般を否定しているわけではありません。
「科学は、世界がどんな仕組みでできているかを理解するための素晴らしい道具だ。過去に起こったことでも、例えば、DNAを分析して犯人を見極めるように力を発揮できる」
チェイフィーさんの受け答えは丁寧で、キリスト教に基づく世界観と現代科学の見方が食い違うテーマを除けば、話していて違和感を抱くことはまったくありませんでした。つまり、あらゆる科学を否定しているわけではなく、信仰と科学が衝突した時に、信仰を優先しているだけなのです。
とはいえ、聖書を文字通りに受け止める限り、ビッグバンから始まる約138億年の宇宙の歴史は否定されますし、現代の地球科学が導き出す約46億年前とされる地球の誕生も否定されます。ということは、進化論だけでなく、多くの科学が否定される結果になります。
「神は約6000年前に世界を創造した」とチェイフィーさんは言いました。
「聖書は、最初の日に光が生まれたと言っている。太陽や月が生まれたのは4日目だ。ある種の空間は最初の日に生まれ、6日間で私たちが見ている、すべてのものが創られたんだ」
この施設を訪れる人にとって、聖書の世界を再現する展示は魅力的なものなのでしょう。
私が訪れたのは2017年7月下旬。夏休みの時期でもあり、多くの家族連れでにぎわっていました。観光地にありがちな「有名だから、なんとなく来てみた」という雰囲気ではなく、みんなが熱心に展示の解説を読んでいました。
南部フロリダ州から来た小学校の体育教師、リック・モランジさんに施設の印象を聞いてみると、「とても魅力的で美しいね」と声を弾ませていました。そして、「世界の創造を紹介する素晴らしい展示だ。恐竜が人類と共存するのも、科学的な考え方に基づいている。学校でも創造論を教えるべきだと思う」と話しました。恐竜と人間が共存することを示す「科学」なんて聞いたことがありませんでしたが、モランジさんはそう言ったのです。
モランジさんが創造論を信じながら学校の先生をしていることに興味があったので、そのことを聞いてみました。
「学校では進化論が正しいとされ、教えられている。悲しいことだ。私は体育を教えているが、イースター(復活祭)やクリスマスなどの時には何を意味する祝日なのか、子どもたちに話すようにしている」と教えてくれました。
娘のマンディーさんと妻の3人でインタビューに応じてくれたのですが、マンディーさんは「政治に関する考えは家族の間でちょっと違うけど、創造論を信じることでは家族は同じ」と笑顔で話しました。
南部テキサス州から来たという40歳代のトル・オキキョールさんは「ずっと来たいと思っていて、ようやく実現できた。創造論の世界をわかりやすく、やさしく紹介していて、とても良かった」と満足そうでした。小学4年と中学2年の2人の子どもは、進化論を教える公立学校には行かせず、私立学校に通わせているとのことでした。
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このように、実際に創造論を信じる人たちの話を聞いてみると、「アメリカには進化論を否定し、創造論を信じる人がいる」という現実をしっかり実感することができました。
私個人は宗教と深くかかわる生き方をしていませんので、「これだけ科学が進んだ21世紀なのに創造論を信じる人たちがいる」という話は、メディアで誇張されているのではないかと疑っていました。
しかし、実際にアメリカに来て、こうして創造論を信じている人たちと向き合って肉声を聞くと、それが誇張ではないことがよくわかりました。
彼らの言葉からにじみ出る強い信仰心は、私の想像を超えるものでした。
こうした体験を通して、私は「もう一つのアメリカ」に触れた気持ちになったのです。
とはいえ、こんなふうに進化論を信じる人は、いくらアメリカとはいっても一部に限られるのではないか――。そう思う人も多いかもしれません。しかし、現実は違います。彼らは現在でも多数派なのです。
米ギャラップ社の世論調査(2017年5月)によると、「神が過去1万年のある時に人類を創造した」との考え(創造論)を支持する回答は38%に上りました。アメリカ人の3人に1人は、今でも数百万年にわたる人類の進化を否定し、神が突然、人類を創造したと考えているのです。
「人類は数百万年にわたり進化してきたが、そこには神の導きがある」とする回答への支持も同じく38%でした。このグループは、「神が約6000年前に人類を創造した」とする保守的なキリスト教のグループとは違って、数百万年にわたる人類進化を認めつつも、そこには「神の導き」があるとします。化石などの証拠との矛盾はありませんが、「神のおかげ」という考え方は維持しています。
これらの二つのグループをあわせると、人類の誕生に神の関与を認める人たちは、実に76%に上るのです。アメリカ人の4人に3人は、「神のおかげで人類は誕生した」と考えていることになります。
「神の関与なしに人類は数百万年にわたり進化した」とする進化論を支持する回答は19%にとどまりました。進化論を支持する回答は20年前の10%に比べれば増えていますが、依然として少数派にとどまっているのです。
※本稿は、三井誠『ルポ 人は科学が苦手』(光文社新書)の内容の一部を再編集したものです。
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