akane
2019/04/23
akane
2019/04/23
一般社会において、すべての国民が社会の規則である法律を守って暮らしていれば、平和な毎日が続くでしょう。
警察官は、毎日が暇になるかもしれません。
しかし、日本の全国各地の交番に勤務する警察官の多忙な状況を見るまでもなく、現実はそのような社会からはかけ離れています。
法律を守らなければ、場合によっては警察官に捕まることもあるでしょう。
一方、法律を守ったとしても、生き方で問われることもあります。
例えば、知恵の輪のようなゲームで“強引に力をかけて”完成させたり、歩いて登山したと伝えたものの、実際は“ロープウェイを使って”の登山であったり、自分でやるはずの宿題が実は“全部他人任せ”の提出であったり、そのようなプロセスを無視したいい加減な生き方はよく目にします。
このように、現実の社会においては、皆が法律やプロセスから脱線しない生き方をすることは残念ながらあり得ないでしょう。それゆえ、私たちの社会では事件やトラブルが絶えることはありません。
しかし数学は、ある意味で理想の世界です。なぜならこの世界は、規則やプロセスから脱線しないことを大切にする世界だからです。
だからこそ、導き出された個々の成果、研究の世界での定理や試験の答案が正しいか否かのようなことに関しては、基本的に意見の対立が起きることはありません。
そればかりではありません。数学の世界での成果は誰もが尊重するもので、他の分野やビジネスの世界でも、数学というものは本質的に信頼され応用されています。
現実の人間社会では、規則・プロセスを大切にする心とは無関係であるかのような出来事が毎日のように起きています。脱税、収賄、贈賄、詐欺、横領、悪徳商法……。
このような現実社会の矛盾を見続けている人たちにとって、数学の世界は一種の憧れのような世界に目に映るようです。数学に魅力を感じて本格的に学ぶようになる背景は様々ですが、規則・プロセスを守って皆で納得する結論を出す世界への憧れから、数学の門を叩く人たちは毎年のように一定程度は必ずいると、桜美林大学教授の芳沢光雄さんは述べています。
では、なぜ、規則・プロセスを大切にする心が大切なのでしょうか。
それは、規則とプロセスを大切にしていると、自分自身に自信を与えることになるからです。特に数学の世界では、自信を持つことは「考え抜く」ことに結びつきます。計算問題が苦手であったとしても、考え抜く姿勢を持つ学生は、最後に伸びることが多いそうです。
規則・プロセスを大切にするとき、注意すべき点があります。
まずは原則として、プロセスは他人に強制するものではないということです。
数学の優秀な人がマークシート式問題を嫌う第一の理由は、解き方を強制している点にあります。つまり、自分自身で考えて問題の解法を探ることの楽しさを奪われる点に違和感を持つのです。
このことは、子どもの教育に関しても参考になるでしょう。親は、ついつい効果的な解法を子どもに教えたがるでしょう。しかし、まずは子どもが解きたいように解かせてみてから、「ほかにも方法があるよ」と言って効果的な解法を教えると良いのです。すなわち、最初から効果的な解法を学ぶより、いろいろな解法を学ぶ中で効果的な方法を学ぶことが素晴らしいのです。
一方、規則に関しては、「規則を守っている限りにおいては自由である」という精神を尊重することが大事です。かつて数学者のカントール(1845-1918)は、「数学の本質はその自由性にある」と述べました。世の中は“常識”という言葉を用いて規則より強く規制することが多いものですが、数学の世界ではそのようなことはありません。
実際、奇想天外な発想から画期的な成果を生んだ例は数限りなく存在します。余談ですが、世間では「数学者には風変わりな人が多い」とよく言われるのも、これと関係しているのかもしれません。
どういうことでしょうか。ここで、たとえ話を一つ挙げましょう。
旅には、いわゆるパック旅行というものもあれば、「青春18きっぷ」を使って時刻表を片手に自由気ままにする旅もあります。後者のほうは各駅停車でゆっくり旅をするだけに、思いがけない発見もあります。
数学の世界において、「規則を守っている限りにおいては自由である」という意味は、「青春18きっぷ」を使っての自由気ままな旅だと想像すると分かりやすいでしょう。
もっとも、数学の学びにおいては、「青春18きっぷ」を使っての旅とは異なる重要なことが隠されています。
それは、与えられた世界の規則を十分に使いこなしているかという“自問”です。
たとえば、角度を求める図形の問題で与えられている条件をうっかり忘れてしまい、いつまで経っても解けない思いをした経験は誰もが1回くらいはあるのではないでしょうか。
これが、「規則を十分に使いこなす」という意味です。
実は、規則から導かれる「見えない部分」に、問題解決の鍵となっているものが意外とあるのです。
※以上、『「%」が分からない大学生』(芳沢光雄著、光文社新書)から抜粋し、一部改変してお届けしました。
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