「女医はいらない」と考える人の思惑 東京医大事件が開けた日本医療のパンドラの箱とは
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2018年7月――東京医大の入試不正事件をきっかけに明るみに出た、女性の医学部受験者への減点操作。フリーランス麻酔科医として政治家・プロスポーツ選手・AV女優など様々な患者の手術を行い、ドラマ『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)
など医療ドラマの制作協力にも携わる著者が、今まで誰も公言できなかった女医問題の真実を語る光文社新書『女医問題ぶった斬り!~女性減点入試の真犯人~』が刊行!これを記念して、本書の一部を公開します。東京医大事件は何を世に問うたのか? 第2回です。

 

 

◆公然の秘密だった女性への減点操作

 

2018年8月、東京医大における不正入試の調査過程で、女性や多浪受験生に対する減点操作が明るみに出て、事件の第二幕が上がった。

 

とりわけ女性受験生に対する一律の減点操作については、「女性差別!」という非難が同校に殺到した。

 

官僚子弟の不正入学発覚時には発生しなかったデモ隊が東京医大正門前に集結し、「女性差別を許さない」「下駄を脱がせろ」といったプラカードが並んだ。

 

8月下旬には57人の弁護士による「医学部入試における女性差別対策弁護団」が結成され、相談窓口を設けた。記者会見では共同代表の女性弁護士たちが「女子学生への許しがたい差別」と憤りを露わにした。

 

一方で、「医大受験生にとっては長年かつ公然の秘密」「男女で合格偏差値の違う私立医大は東京医大だけじゃない」「国公立医大でもやっている」のような意見も、SNSの匿名記事などで多数見られた。

 

国公立を含めて女性減点入試が広く行われている根拠とされるのが「医師国家試験の合格率は20年以上コンスタントに女性が2~5%程度高い」という事実であり、女性医大生は入試段階で男性よりも学力的には高い水準が求められていることが推測できる。

 

「日本人横綱とモンゴル人横綱では明らかにモンゴル人の成績が良いのは、横綱になるためにはモンゴル人の方が高い水準を求められるから」というのと同じようなものである。

 

ちなみに、不正入試がない法科大学院や司法試験では、合格率において特定の性別がコンスタントに高くなる事実はない。

 

◆医大入試の特殊性

 

さて、この事件を論じるには、日本における医大入試の特殊性を理解する必要がある。

 

医大入試は単純な入学試験ではない。全ての医大には附属する大学病院があり、医大入試には附属病院の総合職採用のような意味も含まれる。

 

一方、法科大学院で入試不正が行われないのは、入学と就職が全くリンクしていないからでもある。

 

東大・京大のようなノーベル賞受賞者を輩出するレベルのブランド医大ならば、研修医採用にはさほど苦労しないので、入試における得点調整はない(少なくとも噂は聞かない)。

 

しかし、東京医大のような中堅私立医大だと、母校OBが人材確保の生命線となる。

 

同様の女性減点を疑われる私立医大として、聖マリアンナ医大・日本大・昭和大・順天堂大が報道されているが、東京医大同様に全国レベルのブランド医大とは言い難い。

 

一部の国公立医大も「男女で合格率が極端に違う」など女性減点疑惑が報道されているが、いずれも附属病院での医師確保に悩む地方医大である。

 

これはつまり、総合商社や大手広告代理店などの採用試験で、内々に「総合職女性は最大8名」「20%以内」のような枠を設けるようなものである。

 

入試での女性減点について「女性差別だ! 許さない!」と新聞もテレビも非難囂々(ごうごう)だが、マスコミ業界にも「激務で女性社員が少ない」という点で、医療業界と似た構造がある。

 

一般社団法人日本新聞協会が発表した調査データ(「新聞・通信社従業員数と記者数の推移」)によれば、2018年に調査対象となった新聞・通信社で働く記者は1万8743人おり、そのうち女性記者数は3781人(20.2%)となっている。

 

入試での女性減点について「女性差別だ! 許さない!」と報道している新聞・通信社が、自社採用試験において女性を本当に平等に扱っているのか、個人的には大いに疑問が残る。

 

◆事実上の「採用試験」

 

なぜ、医療の現場では女性が敬遠されるのか?

 

やはり一般の企業同様に、産休・育休・育児時短による戦力低下や、それらのマネジメントの煩雑さを避けたいからである。

 

特に大学病院のような高度な医療機関では、「10時間以上の長時間手術」「徹夜の救急外来」「月10泊以上の産科当直」のようなキツい業務を、誰かが担わなければならない。

 

女医が出産するからと言って、病院の患者数や手術件数を減らすことは、現在では不可能である。

 

女医の産育休時短による戦力低下は、ただでさえ長時間労働が問題視されている同僚の勤務医がカバーすることが、今でもほとんどである。ゆえに病院側としては、一般企業同様に可能な限り“若い男”を採っておきたいのだ。

 

2018年8月、タレント女医で元整形外科医の西川史子先生は、「(成績順に)上から採っていったら女性ばかりになってしまう」「眼科医と皮膚科医だらけになってしまう」「外科医は少ない、やっぱり外科医になってくれるような男手が必要なんですよ」とワイドショーで解説し、「(女性減点は)当たり前」「(東京医大に)限らない」「男女比を考えて採用するべき」と発言をして、物議を醸した。

 

これに対して、「女性蔑視だ!」という激しいバッシングも多かったが、SNSでは「医療現場の現実を考慮した」のように擁護する匿名コメントも多かった。

 

これも、医大入試を文字通りの学力試験と考えるか、「事実上の採用試験」と解釈するかの相違であり、一度は外科医への道を志した西川先生は後者と考えたからだろう。

 

同じ頃、女性医師を応援するWebマガジンの「joy.net」では、女医を対象に「東京医大の女子一律減点」について緊急アンケート調査を行ったところ、65%の女医が「理解できる」もしくは「ある程度理解できる」を選択するという結果だった。

 

この結果は、多くの一般人向けメディアでは驚きをもって紹介された。これも、一般人向けメディアが「医大入試とは大学入試の一種」と考えたが、医療現場を知る女医たちは「事実上の採用試験」と解釈してアンケートに回答したからだろう。

 

◆新研修医制度による医師不足がきっかけ

 

この女性減点入試、すなわち水面下の男性医師確保策が広まった一因は、2004年の新研修医制度導入による大学病院の深刻な医師不足である。

 

それまでは慣習的に、医大を卒業した新人医師の7割以上が母校の附属病院へ就職して、医師キャリアの第一歩を踏み出すことが一般的だった。大学病院における医師確保は困難ではなかったので、えげつない男性優遇入試に手を染める必然性はなかった。

 

しかし、この制度改定を契機に、大学病院で初期研修をスタートする医師が年を重ねるごとに減ってゆき、2019年度内定者では40.3%にとどまっている。

 

また、初期研修の2年間は、特定の医局に属さずに研修中心の生活を送るので、実質的な附属病院のマンパワーにはなりにくい。厚労省の医師需給分科会でも「1年目0.3人分、2年目0.5人分」として、医師としてのマンパワーを計算している。

 

2015年施行の女性活躍推進法、2017年の改正育児・介護休業法など、近年は日本の随所で女性進出が進んでいるにもかかわらず、2004年頃まで増加の一途だった医師国家試験合格者における女性率は、新研修医制度開始以降はピタッと増加が止まってしまった。

 

女性減点入試も、第三者委員会の調査では、東京医大は2006年から、順天堂大では遅くとも2008年から始まったことが判明している。

 

また、今回の事件で文科省に女性差別として名前を公表された医大は、いわゆる中堅~上位私立に集中している。

 

これは、偏差値的に下位の私立医大では、学力的に下駄を履かせた男性を入学させると、医師国家試験合格が怪しくなるからである。いくら「附属病院で当直や重症対応できる医師が欲しい」と言っても、「医師国家試験不合格の男性」よりは「合格した女医」の方が戦力になるのだし。

 

聖マリアンナ医大(神奈川県)の内部調査によると、2011年から女性減点操作をはじめ、2017年度からは女性で2浪以上の入学生が皆無になったそうだ。

 

これは、医大人気や学生の首都圏集中を受けて聖マリアンナ医大の偏差値も上昇してきたので、「下駄を履かせた男性でも、今のウチのレベルならば医師国家試験を突破できそう」と医大側が判断したと推測できる。

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