バンコクはもはや日本社会の縮図? 知ってはいけないタイの「日本人ムラ」
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「バンコクの日本人社会は日本社会の縮図そのものになってきました」

 

これは2012年ごろに在タイ日本大使館の邦人援護の担当官から漏れた言葉だ。タイへの日本人移住者が年々増加し、日本人社会がより日本的になってきたとタイ在住日本人が感じ始めた時期である。

 

タイ、特に首都バンコクにある日本人社会は世界各国に散らばる日本人コミュニティーでは比較的大きく、かつ緊密な人間関係がある。ただ、日本人同士の助け合いがある一方で、その密な関係性が生活の負担になっているケースもある。

 

ここではそんなタイにおける「日本人ムラ」の真の姿を見てもらいたい。

 

バンコクは東南アジアの面影を残しつつ、高層ビルが建ち並んだ大都会だ。

 

◆脱中国から増え始めた日本人長期滞在者たち

 

タイは観光だけでなく、各種産業においても注目が集まる。2006年にタクシン・チナワット元首相に対するクーデターが勃発して以来、タイは政情不安が続く。2014年にも軍部がクーデターを起こし、以来、今日に至るまで実質的に軍事政権だ。2019年3月には選挙が行われるが、おそらく軍部の影響力は続く。そんな不安要素が大きいながらもタイは特に日本人から強い関心を持たれる。親日国であり、インフラが東南アジアの中では抜群に整備されるからだ。

 

2005年に中国国内で起きた反日デモなどから、製造拠点を中国に集中にしていた日本企業が一斉に「ネクスト・チャイナ」あるいは「チャイナ・プラスワン」といった戦略で選んだ先がタイだった。とはいっても、中国集中の失敗経験からタイ一極集中には完全に乗り気なわけではなく、「タイ・プラスワン」といった動きもある。ベトナム、インドネシア、カンボジア、ミャンマーが注目されるが、いまだタイ以上に優れた地域はない。

 

日系企業進出に伴い、タイ在住日本人も増加している。外務省が毎年6月に発表する「海外在留邦人数調査統計」では2002年は2万5329人だったが、2017年には7万2754人にまで増えた。日本大使館など在外公館に提出される在留届から算出されるが、未提出者もいるため、タイには常時10万人を超える日本人が長期滞在していると言われている。

 

その大半がバンコクに暮らす。2017年時点のタイ在留邦人者数は世界第4位。上位3ヶ国はアメリカ、中国、オーストラリアの順だ。国土面積から考えると、バンコクが日本国外で最も日本人密度の高い都市と言える。

 

年々バンコクの日本人社会は拡大し、同時に日本の様々な問題点がそっくりそのままバンコクで起こるようになるのは想像に難くない。

 

◆駐在員妻の自殺が日本人社会の象徴?

 

拡大した日本人社会のメリットは、日本人あるいは日系企業間だけでビジネスが成立することだ。企業は規模に応じて社員を企業駐在員として数年間タイに滞在させる。そんな企業をサポートする日本人コンサルティングもあるし、すべて日本語で完結する業種も少なくない。

 

一方でデメリットもある。働き方や要求スキルが日本以上になっており、日本人向けの飲食店やエンターテインメントが増え暮らしやすくなっている一方で、日本以上にストレスを抱えることになるのが今のバンコクの日本人社会だ。

 

親日国タイは和食ブームでもあり、屋台で寿司や和牛などを楽しめるようになった。
近年は製造業で日本のネームバリューが低下しつつあるが、飲食関係は日本語があふれている。

 

その結果が生み出すひとつの問題点は自殺だ。移住してきた日本人のうちタイで自殺する人が毎年数人はいる。2018年9月には駐在員の妻がふたりの子どもを残して20階のマンション自室から飛び降りた。憶測がネット上にあふれ、自殺女性は慣れない海外での生活で育児や帰ってこない夫に悩んでいたと言われている。

 

1990年代あるいは2000年初頭の駐在員は、日本とタイ法人の両方から給料がもらえ、かつ手当も多かった。数十万円の賃貸マンションを会社費用で借り、家政婦をつけ、悠々自適に暮らしていた。

 

しかし、今はそこまで余裕のある企業は大企業でもなかなかない。それにも関わらず、働く側の責任は重くなっている。駐在員は早朝に出勤し遅くまで働かされ、土日は接待ゴルフ。日本からの出張者は売春と直結した歓楽街に行きたがり、嫌でも案内するしかない。

 

夫が家にいないので毎日趣味に勤しみ、友人と豪華なランチを堪能するなどバンコクライフを謳歌する駐在員の妻も多い。ただ、駐在員妻の誰もがバンコクを楽しめるわけではない。好んでタイに来たわけではない上に内気な人は大変だ。家おらず頼れない夫。駐在員の任期は通常数年なので、近隣の日本人と親密な関係が構築される前に入れ替わってしまうこともあり、相談相手もいない。ストレスはあるにしても駐在員本人は職場という逃げ場があるが、帯同家族の中にはストレスのはけ口が見つからず、孤独がいつの間にか心身をむしばんでいくこともある。

 

そこそこに人とつき合えるコミュニケーション能力がないと、バンコクは生活がしづらい。たくさんの同胞がいるのに、ひとりぼっちに感じられることもあるのだ。

 

◆可視化されることで希薄になる人間関係

 

タイでは誰もがソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を利用している。タイ人のフェイスブック利用率は高い。飲食店などはホームページを持たずに同サイトにページを持つことで代用するほどだ。SNSにより人との繋がりが密になるが、逆効果になることもある。

 

タイ人は自己肯定が日本人より高く、自撮りなどでSNSを楽しんでいる。

 

SNSに華やかなシーンを切り取って投稿する人が世界中にいて、その内容や頻度は過剰になっていく。そのため、タイ在住日本人にもSNS疲れを口にする人は少なくない。能動的に検索せずとも、情報が次々に飛び込んできて、気持ちが追いつかない。

 

SNSがなかった時代は自分なりのタイ生活を楽しめたが、今は知人の行動が可視化される。気持ちが落ち込みがちなときに知人が豪勢に遊んでいるのを見れば、自分が惨めになってくることもあるだろう。投稿者にはよりよく見せたいという気持ちはあるにしても、人を貶めるつもりは一切ない。幸か不幸か、タイ国内はいわゆるインスタ映えするようなスポットや飲食店が星の数ほどある。次々と報告される行動に、被害妄想を持ってしまった側は妙な気持ちのわだかまりを抱えてしまう。

 

タイは日本人が増えたことで生活の水準や楽しみ方が増えた。コミュニティーが大きいので日本人だけでビジネスが成立する。一方では日本という国全体と比べれば、たかだか10万人の世界でもある。知り合いの知り合いでだいたい人間関係が全部繋がるほど狭い。

 

タイは人口比で日本の数倍も殺人事件が多いなど、治安は悪い。しかし、そんなバンコクで日本人として生きる場合、実は気をつけるべきは日本人社会における人間関係なのだ。少しでも失敗する、あるいは無礼をすれば悪い噂は一気に広まっていく。かといって、成功しても無記名のネット掲示板でこれでもかと悪口を書かれる。表では仲よくしていても、裏では足を引っ張ろうという人も多い。

 

日本の中古品が今タイでは注目され、比較的新しいビジネスとして市場が拡大している。

 

在住日本人の子どもたち同士ではいじめもある。加害児童の保護者が被害側の保護者の上司や取引先というケースも珍しくなく、泣き寝入りをする被害家族も少なくないという。

 

自殺やいじめ、在住日本人たちの目。タイに限らず南国の人は自由に生きている。その代わり欲望と欲望がぶつかり合って、人間関係はいつも泥沼の劇場である。日本人社会もタイにおいては南国化していて、タイの日本人社会に関わることは日本の濃縮原液を飲むようなものだ。

 

逆に言えば、それらをはねのけるバイタリティーがあれば、すぐにでも成功を収めることもできる。タイでの日本人の生活は厳しさもある反面、夢もあるのだ。だから、次々と日本人が去り、新顔がやってくるのである。

 

■著者プロフィール
髙田胤臣(たかだたねおみ)。1998年初訪タイ、2002年から在住のライター。タイを中心に東南アジアの裏情報から社会問題まで、幅広く取り上げる。著書に「バンコク 裏の歩き方」(彩図社)、「ベトナム 裏の歩き方」(彩図社)、「バンコクアソビ」(イーストプレス)のほか、Amazon Kindleにて多数の電子書籍がある。また、ウェブ上でもタイなどの時事ネタを随時執筆。

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