2019/02/04
大平一枝 文筆家
『アメリカ死にかけ物語』河出書房新社
リン・ディン/著 小澤身和子/編集
ベトナムの寅さん!?
まるで疾風のような文章だ。あるいは横殴りの雨、または煮えたぎった鍋の大きくて強い泡。
「アメリカ」と名のつくノンフィクションは、たいてい小難しくシニカルで、読後が絶望的な気持ちになるものだが、ベトナム系アメリカ人、リン・ディンの本書は違う。って当たり前だ、エッセイなのだから。
だが、私にはこれはどんなに最新で大量の公式データが載ったノンフィクションより「正確」に、アメリカの現実を描いているように見える。
1963年、ベトナム・サイゴン生まれ。英語がわからぬ11歳で、アメリカへ家族と移住したリン・ディンは詩人、小説家、翻訳家である。本書は今も続く彼のブログのエッセイ一部をまとめたものだ。
安い長距離バスに乗りあった客や、謎の緑の錠剤を持つ路上生活者、日雇い労働者など、アメリカ全土を自費で旅しながら、いわゆる貧困層の人々にインタビューをしている。インタビューというとかしこまった印象だが、街の一番安い中華屋で、バスの停留所で、なにか注文すると1ドルでビールを飲める店で、油田で働く男たちが泊まる簡易宿泊所の脇を通る電車で、肩を並べ同じ酒を飲みながら話しかけ、無名の人々の心の内をたぐりよせる。
それらのなかには、リン・ディンだからこそ聞き出せたであろう話がきっとたくさんある。
ゆたかというものさしの真反対で生きている人たちのリアルを、独自の言葉で紡ぎながら、彼は怒ったり、嘆いたり、諦めたりする。
ところが、どんよりとしそうな舞台なのに、どのページを開けても、どの行を読んでもじつに文体が生き生きとしている。そして、こんな言い方は妙だが、読むと元気が出てくるのだ。それは彼が優れた詩人であるからだろう。
言葉がすこぶる小気味よく、『男はつらいよ』の寅さんの口上のようにリズミカルだ。絶望や諦念という圧倒的にネガティブな感情に、アイロニーというスパイスをふりかけて、極上のユーモアでくるむ。日本のどの作家も真似できない文章の技術である。
もっと読みたい、もっとこの壮大な旅の詩を味わいたくて、読者は本を閉じられなくなる。
英語で書かれたこの優れたエッセイに、寅さんの口上のような痛快な文学的魅力を付加したのは、筆力とともに、訳者の小澤身和子さんの力も大きい。
本書が初の翻訳であると知って、舌を巻いた。柴田元幸さんが訳したリン・ディンの『血液と石鹸』という詩集と読み比べるのも楽しそうだ。
おまけから読め!
終章に、日本見聞記『トーキョー・ドリーミング』(2018年5月)が収められている。翻訳版のための書き下ろしで、これがまた悔しいほど魅力的なおまけなのである。
実は私は、本書をここから読み始めた。7行目で、ぐゎしっと読書魂を掴まれてしまい、まんまとリン・ディン病に罹ってしまった次第。
ホームに立っている人たちは皆、微動だにしないかのように直立していて、もしかしたら体重を片足にかけるコントラポストのような姿勢がこの国では禁止されているのかもしれないと思った。ベトナムでは、何かに寄り掛かったり、しゃがんだりすることなく数秒間立っていられる人はほとんどいない。(本書「トーキョー・ドリーミング」より)
ここから原爆、東京大空襲、ベトナム戦争、赤瀬川原平、ラフカディオ・ハーンが縦横に語られ、ヴィム・ベンダースを引用し、銀座のバーで話した女性の携帯電話に保存された美しい夕食写真に腰を抜かし、TENGAのバイブレーター、カラフルな子どもじみた機械のパチンコ台にまで記述が及ぶ。
なにひとつ紋切り型の表現がなく、薄っぺらでもない。個性的な短いフレーズの中に、彼から見た“過去からつながる現在の日本”がしっかり、リリカル&シニカルに投影されている。
得意の路地裏から、組織的かつ精力的に自国を変えることに一生懸命な日本のいまを、言葉の刀でぶった斬る。
定価が3200円もしなければ、もっとリン・ディン中毒患者が増えるはずで、その点だけがひどく悔やまれる。
『アメリカ死にかけ物語』河出書房新社
リン・ディン/著 小澤身和子/編集