2019/02/01
田崎健太 ノンフィクション作家
『ルポ西成』彩図社
國友公司/著
ノンフィクションに「笑い」の要素が入ると、作品全体が軽やかに、そして生き生きと輝くことがある。
『ルポ西成』はそんな本だ。
この本は二〇一八年四月、筑波大学を七年掛けて卒業、就職活動に失敗した國友公司が、西成の“ドヤ街”に七八日間“潜入”したルポルタージュである。西成は、英国人女性を殺害した後、逃亡した市橋達也が潜伏していたことでも知られる、日雇い労働者の集まる地域だ。
到着してすぐにハローワークを覗いた國友は見知らぬ男から話しかけられる。
〈「なんや兄ちゃん仕事探しとるんか!?」
腰の曲がった労働者が顔にツバがかかりそうな勢いで話しかけてきた。顔と顔の距離が異常に近い。歯と歯の間にできた隙間までしっかりと見える。よく見ると歯茎が下に落ち、歯が何本か抜け落ちている〉
男に日雇い労働について教わることになる。この日は仕事を見つけることができず、まずは宿を探すことにした。すると街の通称“三角公園”で浮浪者が暴力を振るわれている光景を目の当たりにする。手を出しているのも浮浪者風の男たちだった。これがこの街の日常なのだと國友は怯み、三角公園には近づいてはならないと心に決める。
宿でも西成の洗礼を受ける――。
大浴場で隣に座った刺青をした男に話しかけようと思った、そのときだ。
〈「英作ゴルラアアァ! 何度言ったら分かるんじゃボケェ、今度ついてきたら脳ミソ潰したるからな!」
刺青のおじさんが突然私の隣で暴れ始めた。頭のネジが外れていないと出せないような大声を張り上げている。目線からすると英作はちょうど私の背後にいるようだ。さっきまでヒゲを剃っていた刺青のおじさんの手にはしっかりとカミソリが握られている。(中略)
“これはヤバイ!”
本能的に身の危険を感じ、私は脱衣所へ避難した。尻の割れ目に泡がまだ付いたままだ〉
「ゴルラアアァ!」、尻の割れ目に泡がまだ付いたまま――がいい。
もちろん“英作”は存在しない。薬物使用による幻覚症状である。
その後、國友は建設会社に住み込みで、そしてホテルで働くようになり、西成に馴染んでいく。自転車を手に入れ一帯を走り回り、当初敬遠していた三角公園はもちろん、“ゲイのハッテン場”である新世界国際劇場にも潜入する。
〈これぞ場末中の場末といった感じの雰囲気である。すでにガバガバといった様子で開いている入り口前で入場券を買う。タバコと小便の混じったような匂いが漂っている。「ホントに行くのか!?」と思いつつ、ホントに入ってしまった。お尻の穴をキュッと絞めて、早速地下一階のいわゆる魔界に向かって階段を下っていく〉
まずはトイレで小便をしようと便器の前に立つと、人の視線を感じた。
〈一つ開けた隣の便器にいる老人が私の小便の音とほぼ同時に、ペニスをゴシゴシとシゴキ始めた。オカズはもちろん、私が小便をする姿である。身を乗り出して必死に私のモノを見ようとするオヤジ、その顔が『ゴルゴ13』と激似で鳥肌が立った〉
『スーパー玉出』の安い弁当を食べて、死人のように生きている生活保護者、西成の人間の過去の告白は“この体で生きているのだ”という宣言に過ぎない――など國友は西成を学んでいく。そして、自分はこの街に来るにはまだ早いと思い知るのだ。
この本を読み進めるうちに、頭に浮かんだのは、芸人のコラアゲンはいごうまんの顔だった。
コラアゲンは“女装体験”“ヤクザ事務所住み込み”など「体験ノンフィクション」を得意とするスタンダップコメディアンである。そして、水道橋博士たち玄人が一目置く芸達者でありながら、長く燻っている芸人でもある。
そして彼にこう伝えたいと思った。
ぼやぼやしているうちに、國友公司という二十代のオモロい書き手が出てきた。君のライバル以上の存在になるよ、と。
文章は荒削りではあるし、説明不足の部分もあるにしても、将来性を感じさせる書き手の出現である。
『ルポ西成』彩図社
國友公司/著