米国の離脱で漂流していたTPP をまとめた日本の交渉力
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TPP11は国際的な大きな成果

 

トランプ政権下のこれまでにおいて、日本の通商外交の最大の成果は何か。それは環太平洋経済連携協定(TPP)11だった。

 

トランプ政権が2017年1月にTPPからの離脱を表明してから、TPPは方向性を見失い、漂流しかける危機にも直面した。しかし、2018年3月、米国抜きでの11カ国によるTPP11の署名を終え、今年12月30日にTPP11が発効しようとしている。

 

その裏には、トランプ政権と厳しい駆け引きをしながら、対立する参加国間の調整に奔走してついに成し遂げた、日本外交の苦節の成功物語がある。

 

米国も中国も、日本がそこまでやれるとは、正直思ってもいなかった。そして今や、この成果は国際的に驚きの目で見られている。国際社会の日本に対する評価を大きく変えたのだ。戦後築いてきた米国主導の国際秩序が揺らぐ中、今後の日本の通商外交のあり方を示唆するものも見えてくる。国内では日本経済に与える影響ばかりが議論されて、なかなか見えにくいが、国際的にはそれだけインパクトの大きい出来事なのだ。

 

米国のTPP離脱という新たな現実にどう対応すべきか──日本はその難問に向き合うことになった。まさに日本外交の力量が試される試金石だった。

 

将来的に米国の復帰の可能性を残すための“秘策”

 

2017年11月、TPP11は暗礁を乗り越えながら何とか大筋合意にこぎつけた。

 

日本がそれをやり遂げるとはトランプ大統領の想定外で、誤算だった。「所詮、日本がまとめ上げるのは無理で、早晩TPPは空中分解するだろう」と、トランプ政権は高をくくっていたようだ。

 

自国の利害だけ主張する参加国が多い中で、日本が主導して一カ国の脱落者も出さずに合意に持ち込めたことは画期的である。日本政府は幹部が手分けして10カ国全てに出向いて調整に奔走した。11カ国による交渉会合も全て日本が主導せざるを得なかった。そうした難交渉に必要なのは、胆力と知恵であった。そこに通商交渉の醍醐味があるのだ。

 

最大の問題は、いったん合意したTPPの合意内容を、米国が離脱したことによって変更するのかどうか、であった。多国間の合意というものは「ガラス細工」のようなものだと言われる。各国それぞれ固有のプラス、マイナスがある中で、「こちらで獲得して、あちらで譲歩する」といった取引を各国としながら全体として納得した結果なのだ。長年の交渉の結果、微妙なバランスでできている。一カ所いじると、他のところにも次々と影響が出て、そのバランスが崩れ、合意は崩壊してしまいかねない。多国間の合意とはそういうものだ。

 

TPP合意も例外ではない。

 

そこで、TPP11になっても基本的には合意内容に手を加えたくはない。いったん手を入れ出すと収拾がつかなくなる。しかし事はそう単純ではなかった。

 

これまでは米国という大市場の存在が参加各国を合意に向けて妥協する大きな誘因であった。米国が知的財産権の保護や国有企業の改革など、さまざまな国内改革が必要なことを強硬に要求してくるのに対して、米国市場に輸出しやすくなるメリットを感じて、やむなく譲歩した国々も多い。ところが米国が抜ければ、米国市場へのアクセスを前提に譲歩していた国々は、こうした譲歩を撤回したくなるのは当然だ。

 

そこで編み出された知恵が「凍結」という手法だ。

 

米国の要求で譲歩した項目は、当面「凍結」しておいて、将来、米国がTPPに復帰した時に「解凍する」という仕掛けだ。こうすると、米国がその果実を得たければ、米国にTPP復帰を促す「エサ」にもなる。

 

なかなか考えられた妙案だ。

 

しかしこれにも問題があった。各国からこうした凍結項目の要望が多数出されて凍結項目だらけになると、TPP11の合意そのものがスカスカの中身になってしまって、意味がなくなる。

 

凍結項目をどこまで絞れるかが、まさに日本の外交力を示すバロメーターであった。時間との勝負の中で、当初60項目近くあったものが大幅に絞れたのは大きな成果だ。しかも対中国戦略のうえで重要な目玉項目が凍結を避けられたのは日本の執念だろう。

 

以上、光文社新書『暴走トランプと独裁の習近平に、どう立ち向かうか?』(細川昌彦著)より一部抜粋、再構成してお届けしました。

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細川昌彦(ほそかわまさひこ)

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