ryomiyagi
2020/03/31
ryomiyagi
2020/03/31
戦国時代、天下に最も近いと言われた武田信玄は、実にたくさんの身内を不幸にした。父親は追放、長男は切腹。長女は離婚し、妹は夫を謀殺された。なかでも夫・北条氏政との仲を引き裂かれ、四男二女を置いて甲斐へ戻らされた長女は、その後すぐ病死してしまっただけに痛ましい。
いくさをしなければ生き残るのが難しかった時代に、内陸の山あいの甲斐は、信玄という稀有な武将がいたおかげで繁栄した。当時の人は家臣から他国の一農夫にいたるまで、そのことだけは共通認識として持っていたようだ。
その信玄が今川義元、北条氏康と結んだ甲相駿三国同盟は、いくさを避けるのに絶妙なトライアングルをなしていた。信玄たちはそれぞれ正室とのあいだに嫡男と姫がおり、子供を前に並べて隣どうし手をつながせると、年格好も力関係も似たきれいな六角形ができる。
あとは三組の夫婦次第だが、どこも奇跡のように仲睦まじかったらしい。真実は分からないが、同盟を守るために六人が六人とも、自分のできることを積極的に果たそうとしたことが窺える。
だがこのトライアングルは桶狭間の戦いで義元が討たれてから傾いていく。親きょうだいも合わせると十組を超す夫婦が、気の遠くなるような努力で積み上げてきたものに一瞬で風穴を開けた織田信長は、やはり凄まじい人だった。
信玄や信長が道半ばで倒れ、北条が小田原征伐で滅び、今川は凋落した。それでも義元の嫡男と氏康の姫だけは、最後まで握り合った手を離さなかった。それが現代の目からは強くも美しくも見えるし、哀しさを際立たせてもいる。
戦国の母と子を書こうとしたら、信玄の周りだけでさまざまな結婚、夫婦があった。今の感覚で捉えるのが高慢だということを抜きにすれば、可哀想なだけという女性は一人もいなかった。
『天下取』
本体1600円+税
【あらすじ】
武田、今川、北条の同盟で政略結婚をさせられた、三人の姫たちーー黄梅院、嶺松院、早川殿。束の間の幸せは三家の対立によって崩れてしまう……。戦国の世の道理に翻弄されながらも、愛する家族のために生きる女たちの運命とは!?全六編を収録した渾身の短編集!
【PROFILE】むらき・らん
1967年京都市生まれ。2010年、『マルガリータ』で第17回松本清張賞を受賞し、デビュー。主な著書に『やまと錦』『夏の坂道』など。
株式会社光文社Copyright (C) Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.