動脈硬化、転移性がん…「孤独」が慢性病を誘発させる原因遺伝子をONにする
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BW_machida

2021/07/27

 

2021年2月。これといったコロナ対策の無い中、政府は、新型コロナウィルス禍で深刻さを増す孤独・孤立問題の対策室を内閣官房に設けた。孤独・孤立問題を兼務する坂本哲志少子化相は、職員への訓示式で「不安を持っている人に親身に寄り添い、対策室が社会の不安を埋める存在になりたい」と語った。

 

先日『孤独は社会問題』(光文社新書)を手に入れた。タイトルが言うように、今や「孤独」は、個人のメンタル的な問題ではなく、社会問題である。著者は、長くロンドンに暮らす女性ジャーナリスト。北欧諸国に準じて、社会保障制度の発達したイギリスに暮らす著者が、世界各国の孤独に対する取り組みを紹介しながら、孤独がいかに社会的・経済的損失であるかを問いている。

 

2018年10月、「孤独についての会議」に出席したクラウチ担当相は、「孤独は、我々が直面する最も重要な健康問題です」と語りかけた。会議には世界各国から約300人が集まり、活発な議論が交わされた。イギリスが口火を切った孤独問題は反響を呼び、一気に世界に広がったといえるだろう。

 

本書によれば、ここに日本に対する記述は無い。各国から300人も集まったのだから、恐らくは日本も参加していたのだろうが、これといった発言がなかったのか、悲しいかなこの会議から日本が取り組んでいるであろう孤独対策を知る術はない。

 

かくいう私も、今回、本書を手に入れページをめくるまで、現代日本人が抱える孤独について真剣に考えたことは無かった。私たち日本人が「孤独」を思うとき、それは著者が言うような社会が取り組むべき問題という発想にはなかなかならないように思う。どういうわけか、われわれ日本人には孤独を、ことさら是正しなければいけない問題とか、ましてや社会的損失という考え方が欠落している。それどころか、ともすれば「孤独なくらいじゃなきゃ仕事はできない」とか「孤独を味わってこそ一人前」などという、どこかの剣豪かなにかのような考え方が、無意識のうちに刷り込まれているのかもしれない。

 

しかし世界は違う。
本書によれば、イギリスや北欧諸国のみならず、今や多くの国が「孤独」を社会問題としてとらえ、様々な対策を講じている。

 

高い頻度で孤独を感じる人の割合が、成人の40~50%に達するアメリカは、今後もベビーブーマー(第二次世界大戦直後に出生率の上昇した時期に生まれた子ども)が高齢となるに伴い、孤独を感じる人はますます増えると観測している。

 

カリフォルニア大学ロスアンゼルス校で孤独による健康被害を研究するスティーブ・コール博士は2007年、「慢性的な孤独を経験した人とそうでない人との間には、細胞レベルで大きな違いが見られる」と発表した。孤独に苦しむ人の場合、炎症に反応する遺伝子が「オン」の状態になっている。「慢性的に炎症の状態が続くと、アテローム性動脈硬化症や循環器疾患、転移性がんといった慢性病を誘発する原因となってしまう」と警告する。

 

今やアメリカでは、孤独は「静かなる疫病」であり、肥満や薬物乱用に匹敵する公衆衛生上の問題としているようだ。
2018年にオーストラリアで行われた調査によれば、4人に一人が毎週、2人に一人が1週間に一日は寂しさを感じているらしいが、そこではとてもユニークな対策が講じられている。

 

木曜夜9時半に主催者の家に集合する。(中略)
さまざまな年齢の男女が床に敷かれた豆の袋やクッションの上に密着、互いにゆっくりと笑顔でタッチを始める。たとえば、相手の頭を軽くタップするようなシンプルなものだ。むろん互いに合意のうえである。(中略)
主催者は、「性的な刺激を受けるのはごく普通です」と話す。しかし、それに反応してはいけない。決して行動に移さないのがマナーだ。これはあくまで、寂しさと闘う人のためのものなのだ。

 

寂しいのは高齢者といった考え方を改め、「孤独は病を呼ぶ」という考え方に基づいて幾つもの取り組みがなされている。なかでも興味をそそられるのが、メンズ・シェッド(男たちの小屋)という取り組みだろう。もともとオーストラリアで始まったこの取り組みは、その後イギリスやアイルランドでも取り入れられ、なかなかに好評を博しているらしい。

 

「シェッド(shed)」とは、小屋や納屋を指す。定年退職した男性は居場所を失い、孤独に陥りがち。そうした状態にならないよう、地域のメンズ・シェッドに集まり、一緒に手を動かす。仕事は主にDIYだ。テーブルやベンチをこしらえて地域の公園に設置するのもいいし、学校に手作りの遊具を寄付してもいい。(中略)
メンズ・シェッドは単なる工作以上のものを参加者にもたらすライフセイバー(苦境から救ってくれるもの)。創造的なコミュニケーションスペースで、仲間たちと肩を並べての作業は予想以上に胸が躍る。友情が得られれば、寂しさを忘れる。人に喜ばれ感謝されると、やりがいに通じると謳っている。

 

いつまでも続くデフレのせいだろうか、昨今の日本ではDIYに対する興味が増している。
かつてDIYが日曜大工と呼ばれた頃は、主体はあくまでも男性だったが、流行と化した今は、どちらかというと女性の方が意欲的なように感じる。大工仕事はもちろん、道具にすら触れることのない現代人にとって、郊外のホームセンターに足を運べば、道具はもちろんのこと、寸法に合わせて材料のカットまでしてくれるが、そこにはイギリスやオーストラリアで推奨される人的交流は望めない。

 

初対面の人と交じり合い、様々に意見を交換しながら何かを作り上げる。そんな場所があれば、行き場を失った定年男性や話相手のいない高齢者も心地良い満足感が得られるに違いない。『孤独は社会問題』(光文社新書)は、迫り来る「一人暮らし老人」のステージに向けて、真剣に考えさせられ、かつ一条の光をもたらす開明の書だった。

 

文/森健次

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