『紅きゆめみし』著者新刊エッセイ 田牧大和
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2021/07/27

棚から牡丹餅の主人公

 

『紅きゆめみし』の主人公、新九郎こと荻島清之助は、「棚から牡丹餅」的はずみで生まれた男だ。もうひとりの主人公、紅花は、拙作『彩は匂へど 其角と一蝶』で、暁雲ー後の英一蝶に想いを寄せる太夫として登場する。その流れもあって、当初、紅花太夫の相棒役は、同作の主人公のひとりである宝井其角で進めていた。

 

ところが、どうにも収まりが悪く、登場人物も物語も動いてくれない。いっそのこと、主人公を変えてしまえ、と半ばやけになって、考えた訳だ。まず、其角の何が、この物語には嵌らないのか。本作は様々な謎に重きが置かれているから、天才肌で、目端が利き頭の回転が速いのは必須。一方で、其角の「ナイーブで善良」な一面が、どうやら危うい。この物語の鍵を握る面々に、手玉に取られてしまいそうだ。

 

向けられる悪意や作為なぞなんのその、な図太さ。
悪人ではだめだけれど、腹黒いところもなければ。
どうせ吉原に出入りさせるなら、水も滴る美形がいい。
そうして生まれたのが、新九郎だ。

 

飛ぶ鳥を落とす勢いの人気女形で、吉原の遊女達が眼を背けるほどの艶気の持ち主。芝居が何より大事で、常日頃、芝居小屋のどろどろとした人間関係に揉まれているから、ちょっとやそっとの悪意にも、全く動じない。気位が高く我儘な癖に、涼やかで優しく、どこか子供のようでもあり、憎めない。私がイメージする、この時代の人気役者そのもののようなキャラクターになった。
「主人公の交代」という、私の物書き人生でもなかなか類を見ない大事件のお蔭で、愛すべき主人公が生まれた。

 

本作は散々苦労をしたので、言葉としては正しくないが、私の心情としては、新九郎は思いもよらない流れで天から降ってきた大好物も同じ、つまり「棚から牡丹餅」である。

 

『紅きゆめみし』
田牧大和/著

 

【あらすじ】
吉原でささやかれる「お七様の呪い」。その謎を解くため、吉原一の遊女・紅花太夫と、大人気の女形・荻島清之助は、八百屋お七にまつわる子守唄を歌う美しい少女「七」の正体を探る。絢爛豪華な吉原に渦巻く人の業と、哀しき運命を描いた傑作時代ミステリー!

 

田牧大和(たまき・やまと)
1966年、東京都生まれ。2007年、「色には出でじ 風に牽牛」(『花合せ 濱次お役者双六』に改題)で第2回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。著書に「其角と一蝶」シリーズなど。

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