現代社会が抱える問題はドラマの演出に現れる。社会をよりクリアに見るための新しいドラマ論。
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BW_machida

2021/07/16

 

社会的なテーマを正面から描く韓国ドラマ、シリアスさとエンタメ性が絶妙なアメリカドラマ、そして未だステレオタイプを残した日本のドラマ。20年来の海外ドラマファンである著者が提案するのは、ドラマをジェンダー視点で見ることだ。話題のドラマも作品が生み出された背景にある社会構造に着目すると、これまでとは異なる発見があるという。本書は、社会をクリアに見るようになるための、新しいドラマ論だ。

 

私たちの生活する社会には、ジェンダーに基づく問題が数多くある。男性の長時間労働、働く女性のワンオペ育児、同性婚の課題、アメリカから始まり世界に広がったMe Too運動はまだ記憶に新しい。著者は、現代社会が抱えるこうした問題は、ドラマの演出にも繋がっていると指摘する。

 

「個人主義の世界観に基づき、欧米ドラマが描くのは、孤独だけれど自由な世界です。ある年齢になったら、親は子どもの人生に口を出しません。子どもは自分の意志で人生を切り開くことができますが、確固とした意志を持たない人にとっては難しい世界でもあります。一方で、30代を過ぎても、子どもの人生に口を出してくる母親が登場する韓国ドラマが描くのは、切れない縁につながれた不自由な世界です。」

 

では日本のドラマはどうかというと、著者はとたんに言葉を濁す。というのも、「日本のドラマが描く女性像が私自身の価値観とは相容れない」うえに、ドラマに登場する女性たちの多くは「私から見れば可愛らしすぎ、既存の社会規範に従順すぎて違和感を覚えてしまった」という。しかし、この言葉は日本ドラマの性質をうまく表現しているようにも思える。

 

たとえば、人気ドラマ『半沢直樹』で描かれる女性像について。著者によると、彼女たちは人間というよりもまるで「背景に書き込まれた女性」のようで、そこにいるのは妻か小料理屋の女将のどちらか、まるで女性を良妻と娼婦に二分するような古臭い女性観を踏襲したものだと批判する。たしかに、もはや幻想とさえいえる女性像を2020年代に描くのはリアリティからかけ離れすぎているかもしれない。

 

『結婚できない男』の主人公を「変人」と笑うことでシングルという属性を笑う場面、『きのう何食べた?』の登場人物が、その性的志向のために揶揄されたりすることの違和感についても指摘されている。『きのう何食べた?』の二人が送る、ささやかで温かい、幸せな日常に対して「日本社会と制度が踏みにじっている人生はいかなるものか。」との言葉が印象的だった。

 

「ドラマが描いてみせるのは、ごく個人的なエピソードです。それを掘り下げることで、異性愛者だけが法的に保護される現状と、それがもたらす人権侵害を肌感覚で理解できます。」

 

どちらも人気のドラマだが、独身者や同性愛者への差別を笑いに紛らわせてスルーしてしまうのは、日本のドラマの特徴らしい。一方、アメリカのドラマでは、性的マイノリティは決して特別なテーマではなく、友人や同僚としてごく自然に登場する。著者のドラマへの愛とともに、日本のドラマへのこれからの期待がひしひしと伝わってくる一冊だ。

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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