『鬼を待つ』著者新刊エッセイ あさのあつこ
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人は何を待つのか

 

江戸に生きる二人の男を軸にして書き続けた物語の、これは第九巻になります。一巻目を書き終えたときは、よもやここまで巻を重ねるとは思ってもいませんでした。

 

わたしは人の正体が知りたくて、拙(つたな)いながらも書き続けています。わたしにとって、この世界で最も興味があるのは人であり、得体が知れないのも人です。知りたい人間を書くことで探っていく。それをずっと続けてきました。ところが、人という生き物は、わたしが考えていた、あるいは感じていたよりずっと厄介で、複雑で、深くて暗い。書いても書いても、正体が掴めない。掴めないから書く。その繰り返しで、ここまできました。江戸は森下町の小間物問屋、遠野屋清之介と北町奉行所同心、木暮信次郎。八巻を書き終えた時点で、なお、まだ半身すらわたしには掴み切れていなかったと痛感したものです。とすれば、次を書くしかない。男二人をまた追いかけるしかないと腹を決め、走り出した(よたよたと)結果が、今回の『鬼を待つ』、でした。本誌連載中とはタイトルを変えたとき、ふっと思いました。

 

わたしは何を、あるいは、誰を待っているのだろうと。

 

幸運、名誉、お金、未知の世界、神、仏、それとも人、あるいは本当に鬼なのか。考え込み、答えが出せないことに少なからず慌てたものです。

 

わたしは男たちの正体を知りたいと切望しながら、どこかでそれを恐れてもいるようなのです。今回『鬼を待つ』を書き上げたとき、ふっとそのことに気が付きました。いつか、彼らがわたしの予想もしなかった異形を現すようで、わたしが朧気(おぼろげ)でもこうあって欲しいと望む最終形態をいとも容易(たやす)く砕いてしまうようで、物語の枠組みさえ粉々となり消えてしまいそうで……そうなれば、私の手には負えなくなる。制御不能な荒ぶる生き物をどうにかする力は、わたしにはないのです。恐れながら、それでも、やはりそういう作品を待っている気がします。

 

『鬼を待つ』
あさのあつこ/著

 

同心木暮信次郎と岡っ引伊佐治は、大工の棟梁が五寸釘で首を刺された事件を探る。小間物問屋の主遠野屋清之介は、亡き女房おりんと瓜二つの女に出逢い心ここにあらずとなり、欲に呑み込まれた商と政に翻弄される。累計60万部を超えるシリーズ最新刊。

 

PROFILE
あさの・あつこ
1954年岡山県生まれ。「バッテリー」シリーズで野間児童文芸賞、日本児童文学者協会賞、小学館児童出版文化賞を、『たまゆら』で島清恋愛文学賞を受賞。幅広いジャンルで活躍。

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