クジラの進化は地球の未来を予言していた!? 今、クジラ博士が解き明かす「クジラ」という生物(中編)
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平成最後の年末、2018年12月26日ーーー日本は、国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を表明した。戦後に捕鯨を開始して以降、長きに亘ってIWCを支えてきた最有力国の一つでもあった日本は、なぜ脱退という道を選ばなければならなかったのか? 長年IWC科学委員会に携わってきた鯨類研究者である著者が、そもそもクジラとはどんな生き物なのか、そして日本とクジラ、IWCの関係に迫る光文社新書『クジラ博士のフィールド戦記』の発売を記念して、本書の一部を公開。
第2回は、前回に引き続き『「クジラ」という生物』、中編です。

 

 

ヒゲクジラの世界

 

地球史上最大の動物

 

ヒゲクジラ類(ヒゲクジラ亜目、baleen whale, Mysticeti)は、口腔内にクジラヒゲ(ヒゲ板とも言う)と呼ばれる食物濾過板を有する鯨類の総称で、分類学的にはヒゲクジラ亜目を構成している。

 

表1に示したように、セミクジラ科、コセミクジラ科、ナガスクジラ科およびコククジラ科の4科14種がいる。

 

進化の途上でクジラヒゲを獲得し、後述のようにこれを濾過板として、海に多量にいる小型甲殻類(オキアミやコペポーダなど)や群集性小型魚(イワシやサンマ)等の低次生産生物の利用に成功して大量摂餌が可能となった。一般的に大型化しているのが特徴である。

 

地球史上最大の動物であるこのグループのシロナガスクジラは、最大で体長33メートル、体重200トンにもなる。

 

ヒゲクジラ類は、南半球と北半球におおむね同じ種類がいる。ただし、ホッキョククジラとコククジラは北太平洋の特産種である一方、コセミクジラは南半球にしかいない。また、近年ではセミクジラのように生息する海域別に別々の種として扱われているものもある。

 

ヒゲクジラ類の回遊――餌と繁殖

 

ヒゲクジラ類は、比較的明瞭な一年周期の季節回遊を行い、両半球の個体群(同種個体の集まりで、有機的なつながりを持つ集団)共に夏季に索餌 (さくじ)(餌を探すこと)し、冬には繁殖(出産と交尾)を行う(図4)。

 

 

索餌場は高緯度帯の寒冷海域にあり、繁殖場は中・低緯度帯の温暖海域にあるのが基本パターンで、ニタリクジラの一部を除くと、おおむねヒゲクジラ類全般に共通している。

 

周年を通じたヒゲクジラの分布範囲は赤道直下海域を除いた全ての海洋に及ぶけれど、夏季の高緯度海域へ向かう索餌回遊(集中的餌取りのための移動)では種によって、その到達域に差がある。

 

これはそれぞれの種が好む餌生物種の分布域の差によるものだろう。

 

ヒゲクジラ類は特定の季節に発情のピークがある(これはハクジラ類も同じ)で、多くは冬季に発情し、引き続いて交尾を行う。

 

前述のように、交尾は基本的に温暖な低緯度で行われ、コククジラ、セミクジラやザトウクジラ(図5)では特定のラグーン(外海から隔てられた浅い水域)や浅い入り江での交尾が観察されている。

 

しかし、その他のヒゲクジラでは交尾の観察自体が難しく、また繁殖海域も特定の海域ではなく、その都度の状況に応じて形成されるとする考え方もある。

 

ヒゲクジラ類では、“つがい”が維持されるのはその都度の交尾限りにすぎず、雌雄を含めた家族的集団の形成はない。

 

また、基本的には一対一の交尾を行うが、セミクジラやザトウクジラでは、1頭の雌に複数頭の雄が付き従い、これらの雄の間には交尾権を争うような行動も観察されているので、一種の淘汰が起こっていると思われる。

 

 

出産、性的成熟、寿命

 

ヒゲクジラ類は、およそ10~11ヶ月の妊娠期間の後に新生児を出産する。出生体長は雌の成体の29~39%程度。繁殖場は低緯度海域にあるのが普通で、これは体の小さな新生児の体熱が奪われないように温暖な海域を選ぶといわれている。

 

性的成熟(つまり生物学的に大人になること)は、ヒゲクジラ類では雌雄ほぼ同時に起こる。年齢的には5歳から12歳前後で性成熟に到達するが、ヒゲクジラ類の性成熟は、年齢依存というより、むしろ栄養依存的で、餌料(じりょう)条件によって変化する。

 

例えば、クロミンククジラの雌の性成熟年齢は1940年代には12歳前後であったが、1970年代には6~7歳に若齢化した。これは生態的競争種であるシロナガスクジラの減退によって、クロミンククジラの摂餌環境が向上したためである。

 

ヒゲクジラ類の成長は、基本的には人間のようにある年齢で体長の伸びが止まる陸上哺乳類タイプのS型の成長パターンを示し、性成熟までに最終体長の90%程度に達し、大型鯨類では種や性別を問わず、おおむね25歳程度で成長が停止する。寿命は長く、最長寿命は短いもので50歳、長いものでは110歳を優に超える。

 

食生活とクジラヒゲの形

 

次に、ヒゲクジラ類の食生活を見てみたい。

 

前に述べたように、夏季、集中的に高緯度域で摂餌活動を行う。これが、基本パターンであるが、なかには周年にわたって餌を食べるグループもいる。しかし、それでも夏により多くの餌をとるのがヒゲクジラ類の特徴でもある。

 

この餌のとり方こそ、ヒゲクジラ類の最大の特徴である。

 

彼らは、口腔内にクジラヒゲと呼ばれる食物濾過装置を備えており、オキアミなど、より低次の餌生物を摂取できるように特化してきた。

 

クジラヒゲは、ケラチン質でできた柔軟な細長い三角板状の濾過板で、内側の一辺がささくれて繊毛状になっている。櫛状に板が並び、内側の繊毛が重なり合ってザルの目のようになっており、ここで餌を濾しとるのである。

 

クジラヒゲの形状は、それぞれの摂餌生態や餌生物に応じて様々である。

 

いったん口の中に餌と海水を取り込み、水だけをヒゲ板の間から排出して繊毛に餌を引っかける“飲み込み型”(シロナガスクジラ、ナガスクジラ、ニタリクジラ、ミンククジラ、クロミンククジラ、ザトウクジラ)のクジラヒゲは比較的短く、幅広の形状をしている。

 

これらの種類はオキアミのような甲殻類に加えて、マイワシ、カタクチイワシのような群集性小魚類をも餌生物としている。

 

口を開けたまま水面を泳ぎ、餌を濾しとっていく“濾取り型”(セミクジラ、ホッキョククジラ、コセミクジラ)のクジラヒゲは細長く長大(3メートルにも及ぶ)であり、オキアミやそれより小さな橈脚(カイアシ)類(コペポーダ類とも通称される小型の動物プランクトン)や端脚類(ヨコエビなどが含まれる小型の動物プランクトン)を食べる。

 

底生生物を掘り起こして食べる“掘起こし型”のコククジラのクジラヒゲは、“飲み込み型”に似ているが、非常に厚く丈夫にできている。

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加藤秀弘(かとうひでひろ)

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