2018/09/21
三砂慶明 「読書室」主宰
『動物と人間の世界認識』ちくま学芸文庫 日高敏隆/著
『生物から見た世界』岩波文庫 ユクスキュル、クリサート/著 日高敏隆、羽田節子/訳
『動物の見ている世界』創元社 ギヨーム・デュプラ/著 渡辺滋人/訳
『日高敏隆 ネコの時間』平凡社 日高敏隆/著
ごくまれに、世界の見方を根底から揺さぶられるような本との出会いがあります。私にとって、それは動物行動学者・日高敏隆の『動物と人間の世界認識』(ちくま学芸文庫)でした。
著者によれば、私たちがいま「現実」だと思っている世界は「イリュージョン」なのだ、といいます。イリュージョンというと、なんだか科学的根拠のない、単なる幻想、錯覚、想像のようなものにきこえてしまうのですが、大胆にもそれ自身が思い込みなのだと。
1930年代のドイツで、動物行動学の先駆的研究をおこなったユクスキュルは、『生物から見た世界』(岩波文庫)で「環世界」という概念を唱えました。ユクスキュルはこれを、ある一枚の有名な絵で説明しています。
描かれているのは応接間で、それを人間が見るか、イヌが見るか、ハエが見るかで、風景どころか、その世界そのものの構成要素自体がかわってしまうという衝撃の研究です。
この驚きをまさしく体験させてくれる図鑑が、数々のノンフィクション賞を受賞している絵本作家ギヨーム・デュプラが手掛けた仕掛絵本図鑑『動物の見ている世界』(創元社)です。
この図鑑の特徴は、人間の目にうつる景色を基準に、その風景がほかの動物たちにはどう見えているかをビジュアル化していることです。それぞれの動物たちの目にかぶせられた紙をめくると、その動物たちが世界をどのように見ているかがわかる仕掛けになっています。
カタツムリやミミズが見ている世界まで描かずにはいられない著者の探究心には頭が下がりますが、もちろん、私たちは他の動物たちのように世界を覗くことはできません。それをデュプラは最新の調査や研究をもとに、
視野:見える範囲
色と光:光がつくりだす色彩感覚
動きをとらえる能力:動いているものを見分けられる能力
視力:細かいところをはっきり見る能力
という四つの構成要素からその世界を翻訳しました。
たとえば、イヌは二色型色覚のため、赤を緑と青と区別できなかったり、鳥の中でももっとも視野のひろいヤマシギは自分の背中まで見えていたり、と様々な動物から覗いた世界が一目でわかります。
よく色眼鏡をかけてものを見てはならないなどと言われますが、この図鑑を開くと、むしろ私たち人間は色眼鏡をかけずに物事をみることはできないのだということを痛感します。
そして、深く感動したのはこの図鑑の最後の一頁です。
最後の章は、ミツバチやハエなど、昆虫たちの複眼の世界を表現しているのですが、最後のチョウの頁だけ仕掛けが何も施されておらず、ただチョウの絵が描かれているだけなのです。
実はチョウの眼には、人間より多くの種類の光を受け取る細胞がふくまれていて、片目だけで1万2000から1万7000近くの細胞が集まっています。人知を超えたチョウの世界は、現在の研究でもまだ明らかにされておらず、目を閉じて想像するしかないのだというのです。
この図鑑の魅力は、一言でいえば、見方の多様性です。多様性にとどまらず、ユクスキュルや日高敏隆さんが書いているように、自然科学的な、客観的な環境などは存在しないことを表現しています。
私たち人間に紫外線や赤外線が見えず、そして超音波が聞こえていないように、同じ世界に生きていても、見えている世界はそれぞれ生物たちの知覚の枠によって違っています。それを日高氏は、動物たちは皆それぞれのもつ知覚の枠にもとづいてイリュージョンを見ているのだといいます。
特に人間のイリュージョンが面白いのは、人間だけが見えないもの、つまり概念によって自分たちの世界を構築しているのだ、という事実です。人間は唯一、自分たちが知覚できないものをその世界の構築に取り込んでいます。
たとえば、人間は紫外線を感知することはできませんが、概念として紫外線が当たると皮膚が日焼けを起こすことを知っています。日焼けしたくなければ、紫外線を吸収する物質を探してきて日焼け止めクリームをつくり、日焼けを防ぎます。つまり人間は、ラジオ然り、電話然り、放射線然り、電子然り、目に見えないもの、触れることすらできないものも、その生活の中に取り込み、その世界の中で生きているのです。
20世紀以降、優れた発見や理論にはノーベル賞という名誉が与えられてきました。しかしながら、その多くはそののちの発見や理論によって乗り越えられています。
歴史をひもとけば、地球は平らなものから球体に、天動説から地動説へと地球の見方は変化しましたが、もちろん、この結果によって地球自身に何か変化があったわけではなく、変わったのは人間の世界認識だけです。
このような科学的認識の変遷は20世紀前半までの科学史の本を開けば、はっきりと知ることができます。つまり、人間のイリュージョン自身が幻想や錯覚、想像ではなく、科学によって構築されているのです。
イリュージョンが科学によって構築されてきたというと、なんだか矛盾しているようですが、日高さんが書いているように、「人間は論理が通れば正しいと考えるほどバカである」ということなのかもしれません。
日高さんのエッセーのベストアルバムといっても過言ではない『日高敏隆 ネコの時間』(平凡社)にも、この精神は貫かれています。
このところ続く様々なニュースを見ていると、日高さんだったらこの世界をどのように見るのか、考えずにはいられません。
『動物と人間の世界認識』
ちくま学芸文庫 日高敏隆/著