2018/09/07
三砂慶明 「読書室」主宰
『小学館の図鑑NEO イモムシとケムシ DVDつき チョウ・ガの幼虫図鑑』小学館
毎年、夏になると小学館から図鑑担当者に新作発表会のファックスが届きます。学習図鑑は書店にとっての主戦場のひとつで、児童書売上日本一の未来屋書店の売場をのぞくと、何があっても絶対に必ず切らさないぞ、という担当者の燃えるような熱意に打たれます。
大型書店でない限り、図鑑は頭の痛い商品で、大きくて重くて棚に出しづらく、恐竜や動物、危険生物といった、子どもたちを熱狂させる図鑑が中心になりがちですが、何気なく参加した新作発表会で衝撃の図鑑が紹介されました。
『小学館の図鑑NEO イモムシとケムシ DVDつき チョウ・ガの幼虫図鑑』には、ロケットのように糞を飛ばすイモムシ、音を出すイモムシ、擬態するイモムシなど、約1100種類のイモムシとケムシが、これでもかと紹介されています。
3年の歳月をかけ、実際に飼育しながら、1000種以上もの生きている幼虫を探し出して撮影を行うという尋常ではない熱量で作り上げられたこの図鑑は、子ども向けでありながら専門書にも引けを取らない情報量で、親の知的好奇心をも満たしてくれることは間違いないでしょう。
しかしながら、この図鑑の魅力を知れば知るほど脳裏をよぎるのは、それにしてもなぜイモムシなのか、という問いです。
担当者の「ページをめくっているうちに、どんどん可愛くなってきますから」という営業トークは、参考文献でオマージュを捧げられ、2010年に発売されてから大多数の予想を裏切って6万部という異例のスマッシュヒットをたたき出した『イモムシハンドブック』(文一総合出版)を彷彿させますが、何より驚いたのは、私たちの身近にいる「イモムシとケムシ」に、これほど広大で個性的な世界が広がっていたことです。
正直に言って、この図鑑と出会うまで、私にはすべての種類のイモムシとケムシが、単なる「イモムシとケムシ」にしか見えていませんでした。
考えてみると、私が図鑑や事典の類に触れるようになったのは、社会人になってからでした。
売場で展開している図鑑たちを読み直していくと、2002年に「大きさ」や「分類法」などで図鑑ブームをまきおこした「NEO」シリーズを筆頭に、各社の工夫がはっきりと伝わってきます。
2011年に新規参入した講談社は、オーソドックスな分類法ではなく、迫力のある写真やイラスト、さらにDVDを加えた「MOVE」シリーズでNEOを追撃しました。
また、2012年に「WONDA」シリーズを投入したポプラ社は、写真やイラストだけでなく、似たような昆虫や植物をどのように見分けたらいいのか、という子どものなぜ? に注目した詳細にもこだわっています。
2014年に「LIVE」シリーズで参戦した学研は、写真やイラストはもちろん、DVDに加え、特定のページにスマホをかざすと、恐竜の骨格や動物が動く仕掛けまで作っています。
図鑑戦争といっても過言ではないこの学習図鑑の一群に、各社は毎年のように新しい視点で新商品を投入して、しのぎを削っていますが、たとえどの図鑑をえらんだとしても、図鑑には、いま目の前にある世界を、今まで人間たちがつむぎあげてきた知の結晶とむすびつける力があります。
そして、忘れてはならないのは、図鑑の読者は子どもだけではないということです。
書評サイトHONZ代表の成毛眞氏は、辞書・辞典・事典・図鑑を渉猟し、生涯かけて読まれるべき面白い「本」だと紹介した『教養は「事典」で磨け』(光文社新書)の中で、こうはっきり書いています。
「図鑑は子どもが何かを調べるときに使うもの――もしもこんな思い込みを持っているなら、さっさと捨てるべきだ。図鑑こそ、大人が見るべき本である」
老若男女問わず、目の前に広がる未知の世界を既知に変えるのに、図鑑ほど優れた本はありません。
晩年のダーウィンに愛された19世紀のイギリスの碩学、ジョン・ラバックは、『自然美と其驚異』(岩波文庫)のなかで、ワーズワースの詩を引きながら、「自然を愛する人に退屈はない」と書きました。
「吾等の棲息する世界は燦爛たる神仙境(フエアリーランド)であり、吾等の「存在」はそれ自身一の奇蹟であるにも拘はらず、身邊を繞る幾多の美しい乃至不可思議な現象を能く樂しむ人は稀である」
図鑑は世界の扉を開く鍵です。
『小学館の図鑑NEO イモムシとケムシ DVDつき チョウ・ガの幼虫図鑑』小学館