アメリカで根強い「地球温暖化懐疑論」は、誰が支えているのか?
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前回のコラムでは、「実物大のノアの方舟」について記しながら、アメリカで広がる進化論への反発を見ました。今回のコラムでは、その進化論への反発と並んで目立つ科学不信――地球温暖化への疑い――について見ていきたいと思います。

 

進化論への疑いが純粋な信仰心に基づくとすれば、こちらは現実社会のお金や政治など、より生々しい利害がからむ話になってきます。

 

私は、地球温暖化への懐疑論が根深い背景を知りたくて、保守系シンクタンクとして有名な「ハートランド研究所」(中西部イリノイ州シカゴ郊外)に2017年7月、取材に行きました。この研究所は、地球温暖化だけでなく、医療保険改革などでも、保守的な考えをアメリカ中に広める発信源となっています。

 

30万冊を無料配布

 

取材のきっかけは、ふだん仕事をしているワシントン支局に届いた1冊の小冊子でした。

 

題名は「なぜ科学者は地球温暖化に同意していないのか(Why Scientists Disagree About Global Warming)」。何気なくめくってみて、その内容に驚きました。

 

「気候科学で最も重要なことは、人類が地球温暖化を引き起こしているという考え方に、科学者が合意していないということだ」

 

――小冊子は、そんな主張をしていました。「産業活動などによる温室効果ガスが地球を温暖化させている」とする国際的な科学者の見解を真っ向から否定していたのです。

 

この小冊子の送り主が、ハートランド研究所でした。

 

インタビューに応じてくれたジョセフ・バスト所長は小冊子の狙いをこう話しました。

 

「できるだけ多くの人に、地球温暖化に関する研究結果にはコンセンサスがない現状を知ってほしかった。地球温暖化を引き起こしている原因、地球温暖化がもたらす環境への影響の二つの面で、科学者は合意していない」

 

地球温暖化の現状について、バスト氏は自分たちの研究をもとに次のように説明します。

 

「地球温暖化は否定しないが、(大部分は自然変動の結果であり)人間活動のために引き起こされた地球温暖化はわずかだ。さらに、地球温暖化の悪影響は小さく、恩恵のほうが上回るはずだ」

 

私はバスト氏に、活動の動機も聞いてみました。

 

「地球温暖化を疑うのは科学の問題というよりも、個人の権利を尊重し、規制を嫌う保守的な考えが背景にあるのか」

 

するとバスト氏は次のように答えました。

 

「もともと規制に反対だから、という理由で地球温暖化の科学を調べはじめたというのは事実だ。動機はそうだが、その後は純粋に科学だけだ」

 

そこで、聞いてみました。

 

「科学者が合意に達していないのであれば、リスクが小さい場合だけでなく、同様にリスクが大きいことも考えられ、その場合に備えた対策が必要ではないか」

 

バスト氏は「例えば、地球に隕石が落ちてくるリスクを考えて、膨大な金を使う必要があるのか。もっと賢い使い方があるはずだ。私たちの研究で地球温暖化のリスクは非常に小さいことがわかっている」

 

と話しました。

 

科学者の間で合意はなくても、自分たちの研究が正しいという主張のようでした。

 

小冊子「なぜ科学者は地球温暖化に同意していないのか」では、地球温暖化について世界中の研究者が現状をまとめる「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」について、「温室効果ガスが危険な地球温暖化をもたらしているとする仮定に基づき、都合の良い証拠を集めているだけだ」と厳しく批判しています。

 

また、110ページにわたる小冊子では、「気候変動を研究する科学者は、研究費の獲得、政治的な立場のために生まれる偏見を持っている」とも主張しています。

 

ハートランド研究所は2017年春、この小冊子を、アメリカ国内の小中高校の理科教師や政治家、メディア関係者ら約30万人に無料で配りました。

 

億単位の資金力と人材ネットワーク

 

小冊子にかけた費用は約100万ドル(約1億1000万円)、送料も含めると1冊約3ドルの計算になります。

 

ハートランド研究所の財源は寄付収入で、寄付者は明らかにされていません。

 

しかし、アメリカのメディアによると、保守系の資産家などが支えているといいます。年間収入は公開されていて、2016年は約550万ドル(約6億円)に達しました。35人の職員を抱え、温暖化のほか、財政・税政策、医療保険政策、学校改革などの政策で保守的な提言をしています。

 

「社会や経済の問題に、フリーマーケットに基づく解決策を見つけ、推進していく」

 

――ハートランド研究所は、こんな目的を掲げています。

 

政策分野ごとのレポートを、毎月、政治家ら約1万2000人に送っているほか、温暖化に懐疑的な研究者らが一堂に会するシンポジウムをほぼ毎年開いています。シンポジウムには共和党幹部も参加し、情報交換の場になっています。

 

米紙ワシントン・ポストによると、2017年3月に開かれたシンポジウムにはトランプ政権の幹部が出席し、「地球温暖化は自然の変動の結果に過ぎない」「化石燃料の利用は人類の発展に有効だ」といった議論が交わされたそうです。

 

また、トランプ政権の誕生で、ハートランド研究所と政権の結び付きは強まっています。

 

バスト氏は、

 

「我々と考え方を共有する約100人の科学者のリストを、(2017年)6月にホワイトハウスに提供した。政権が新たな科学者を登用する時に参考になるはずだ。私たちの政権に対する影響力は増している」と話しました。

 

億単位の資金力と豊富な人材ネットワークを誇るシンクタンクが保守政権を支える現実が、垣間見えたような気がしました。

 

「危機をあおって温暖化対策に無駄な予算を使う時代は終わりだ」

 

「トランプ大統領の誕生で、ようやく私たちの声を政治に反映できる」

 

――そう晴れやかに語るバスト氏の笑顔に、地球温暖化を巡って社会に広がる溝の深さを私は感じました。

 

※本稿は、三井誠『ルポ 人は科学が苦手』(光文社新書)の内容の一部を再編集したものです。

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ルポ 人は科学が苦手

ルポ 人は科学が苦手アメリカ「科学不信」の現場から

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