新しいアイデアが生まれるとき――ヒントは「悩み続ける」こと|川瀬和也『ヘーゲル哲学に学ぶ考え抜く力』
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2022/04/20

『ヘーゲル哲学に学ぶ考え抜く力』 川瀬和也/著

 

 

19世紀の哲学者ヘーゲルが生きた時代には、人生には幸福以外に果たすべき義務があるという考え方が優勢だった。ヘーゲル哲学は、道徳的義務を重視するカント哲学と対決する形で作り上げられていく。カントは、人間の生きかたの指針は各人の内省によって得られると考えた。それに「社会」と「歴史」を指針の源泉に加えるべきと唱えたヘーゲルの考えは「相互承認」という概念に結びつく。すなわち「社会で実際にどのような生き方が受け入れられているかを考えることで私たちが選ぶべき生き方が決まる」というわけである。ヘーゲル倫理学では「自分」と「社会」の両方を全体的に考慮して規範が定められるのだ。

 

「自分一人で考えるだけでは、何が義務であるのか、どのような生き方を選ぶべきであるのかはわからない。社会全体にも目を向けなければならない。しかし、社会に目を向けたからといって、そこで通用しているルールがそのまま義務であり、それにしたがうのが正しい生き方であるということにもならない。ここでさらにひと踏ん張りして、自分はどう生きるべきかという自分自身のもともとの考えと、社会で何が受け入れられているのかということの両方を視野に入れながら、辛抱強く考えなければならない。」

 

これこそが、本書が提示する「考え抜く」ことの内容である。かなり複雑で難しそうに思えるが、要は、私たちは自分と社会とをバランスよく考慮するべきなのだろう。

 

哲学的に考え抜くことの重要さがもっとも意識されやすいのは、自身の生き方を振りかえるときかもしれない。これまでの自分の人生は正しかったのだろうか、将来をどのように生きていくべきか。あるいは、人はなぜ生きているのかという根本的な問いに立ちかえるとき、哲学的思考が役立つことがある。

 

哲学や倫理学はまた、社会の流れとも深く関わっている。今後さらにAIやビッグデータが社会に実装されていく過程で私たちはさまざまな倫理的問題にぶつかることになるだろうし、動物福祉や気候変動といった問題は、倫理学が扱う「正義」の問題と切り離すことができない。

 

「考え抜く」ことを重視する哲学はまた、常識を疑う学問でもある。何かにつけてせっかちな現代人は結論を早く出しがちだが、それでは真に新しいアイデアは生まれてこない。「互いに対立する様々な考え方を精査し、容易に結論に飛びつかない態度こそが、『考え抜く』ために人が身につけるべき態度」であると著者は説く。それはすなわち、結論が出ないどっちつかずの状態に耐えて悩み続けることでもある。その先に、21世紀を生き抜くためのヒントがある。

 

『ヘーゲル哲学に学ぶ考え抜く力』
川瀬和也/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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