「答え」より大事なものとは? 自分の生活を見直すヒント|吉井仁実『<問い>から始めるアート思考』
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ryomiyagi

2022/04/11

 

ここのところ「アート思考」なる言葉をあちこちで見かける。だけど、いったいどんな思考法なのかイマイチわからない。そんな読者にとって、本書は最良の一冊になるかもしれない。

 

「現代の社会に対して『問い』を投げかけること。それが『アート思考』であると。『この既成の考え方は本当に正しいのか』『今の時代ではこのような表現もあり得るのではないか』『どうして私たちはこんな不自由を強いられるのか』などという問いを、ときにはユーモラスに、ときには洗練された手法で、ときには突拍子もないやり方で、つまり今までにない方法を用いて表現する。それがアートであり、その『問う力』が画期的であればあるほどにアートの価値が高まると私は思っています。」

 

著者は、「アート思考」を「問う力」と説明する。たとえば英国に拠点を置く謎のアーティスト、バンクシー。アートに興味がなくても、バンクシーの作品は知っている、という人もいるのではないだろうか。作品が登場するたびに世界中のメディアがこぞって報道するし、その都度、大きな話題を呼ぶからだ。その名を世界に知らしめたのが2018年、著名なオークションハウス「サザビーズ」で競売にかけられた作品『ガールズ・ウィズ・バル―ン(風船と少女)』である。この作品は104万2000ポンド(約1億5500万円)で落札された直後に、作者が自ら仕掛けていた機械によって断裁されてしまった。

 

著者いわく、バンクシーの目的は、作品を自ら切り裂くことで「アート作品に高い価格を付け、売り買いすることで、人間は何を手に入れることができるのか」という問いを社会に投げかけることにあった。実際、作品をバラバラにされてしまった落札者は、落札価格のまま作品を買い取ったという。「ここにアートの新しい価値があると理解した」のだろう。バンクシーによるショッキングな演出は、鑑賞者に「問い」を投げかけるのに見事成功した例といえるかもしれない。

 

アーティストは、見えないものを見えるようにするという役割を社会の中で担ってきた。それはときに、見たくないと目を背けていた事実を、アートを通して鑑賞者へ突きつけることでもあった。アートには、その作品が美しいという以上の意味があるのだ。

 

バンクシーをはじめ、多くのアーティストが「問い」を投げかけるのには理由がある。それは「人間の感覚と意識を拡張したいから」であり、「いままで覚えたことのない感覚を味わわせたい」からだ。これまで感じたことのない感覚を覚えさせることで、それまで頭のなかを占めていた意識の壁を超えられるようになる。それは、アート以外にもあてはまる。私たちの身の回りのサービスや商品、社会的な事件にも、心を揺さぶるような「問い」がいくつも隠されている。「問い」は「答え」よりも大きな力を持ち得る、と著者はいう。時代と社会に対する「なぜ」という疑問を抱えているのなら、アート思考がそれに答えてくれるかもしれない。

 


『<問い>から始めるアート思考』
吉井仁実/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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