ryomiyagi
2022/04/08
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2022/04/08
『弱くても稼げます シン・サッカークラブ経営論』光文社新書
小山淳、入山章栄、松田修一、阿久津聡/著
先日、サッカー日本代表の2022年ワールドカップ出場が決まった。これで日本は、7大会連続出場となる。喜ばしい限りだ。しかし、1994年のワールドカップ・アメリカ大会への出場を逃した、カタール・ドーハで味わった痛恨のロスタイムによる引き分け劇は、その後も「ドーハの悲劇」として語られるほど日本サッカーファンに強烈な印象を与えた。以後、日本は自国開催枠も含めて7大会連続のワールドカップ出場権を獲得する。などは、私のようなサッカー音痴ですら知っていることなので、多くの方が周知のことと思うが、当時のJリーグ及び日本国内には、それほどの熱狂があった。
7大会連続出場という快挙にもかかわらず、Jリーグに対する意見はいま一つ芳しくない。
なぜなら、今回の出場権を賭けた試合ですら、地上波のオンエアはなく、有料チャンネルでのみ観戦だった。サッカーファンにとってみれば、なんとも歯痒い状況なのだ。加えて、そんな寂しい状況は国際大会に限らない。ひと頃の熱気の冷めたサッカー熱を反映してか、Jリーグの試合も地上波での放送は年々減ってしてしまっている。
「これでは、サッカーファンが増えるはずがない」とは、関係者のみならず、誰しもが思うことに違いない。一説によれば、今回の最終予選の放映権は200億円を越えるという。昨年行われた「東京オリンピック」の開催時期もそうだった。日本人ですら外出をためらう真夏に開催する理由は、放映権を持つアメリカが、自国のスポーツイベントのスケジュールを優先した結果があの夏のオリンピック開催となったのだ。「アスリートファースト」などと謳っておきながら、彼らがベストな状態でパフォーマンスできる環境を優先できない、それが昨今の、オンビジネスされたスポーツなのだ。
などと、かつての熱狂を知る私は『弱くても稼げます シン・サッカークラブ経営論』(光文社新書)を手に入れた。国内各地に存在する、J1・J2・J3などのJリーグ傘下のクラブ経営の、より良いあり方を教える一冊だ。著者は、2021年の天皇杯においてJ1の「サンフレッチェ広島」を5-1で撃破するジャイアントキリングを起こした「おこしやす京都AC」のクラブ経営に携わるスポーツX社の小山淳氏が、『世界標準の経営理論』の著者・入山章栄氏、ベンチャー研究の第一人者・松田修一氏、ブランド論で有名な阿久津聡氏と語り合い、サッカーにより導かれるビジネスの在り方を示す一冊だ。いずれも、スポーツをビジネスライクに成功に導く立役者が揃っている。今やビジネス抜きには語れないスポーツの未来を、方々の言葉から探ってみたくなった。
日本のスポーツビジネスの置かれている状況を一言で示すと、激動の時代と言えるでしょう。2016年には政府発表の成長戦略「日本再興戦略2016」にて国策としてスポーツを成長産業化することが掲げられ、市場規模を2015年の5・5兆円から2025年までに15兆円へ拡大させるというKPI(重要業績評価指標)が設定されました。
KPIが設定されたということは、国が”本気”でスポーツを成長産業化しようとしている。そう考えられます。
日本再興戦略2016とは、賛否渦巻くアベノミクスの第2ステージに則して、永く岩盤化していた農業の構造を改革したり、スポーツや観光をビジネスとして成長させようとする取り組みである。KPIとは、目標値に対して、過程を計測したり評価する指標のこと。要は、設定した売り上げに対して、ホームページのアクセス数とか新規登録者数など、各部署がアプローチしやすくしていくことのようだ。確かに、このKPIがしっかりしているだけで、各企業は総体的に活性化するに違いない。
しかし、そんなビジネス戦略を、スポーツに取り入れていくなど、果たして可能なのだろうか。
その辺りのことを、本書第2章の「スポーツビジネスベンチャー論(松田修一×小山淳)」に求めてみる。
小山 (前略)藤枝時代は主にアカデミー事業、いわゆるサッカースクールの指導員を、正社員採用された選手たちがしていました。これが実は藤枝の圧倒的な強みで、J3ながら売上が10億を超えて親会社に一切依存しない単年黒字を達成した要因です。(中略)
松田 今、J3の選手でも社員として採用するというお話があったけれども、それはベンチャー企業の持続的な成長という観点からも重要だと思いましたね。人を単なるコストと考えて会社を経営していくのか、それとも新しい人が入ってきて、次に入ってきた人を育てて成長させていくエコシステムの要として人を見るのか。人が成長するエコシステムがあるとなれば、より優秀な人が入ってきやすくなるわけで人材確保の点からもアドバンテージになるんです。人はみな成長欲求がありますので、組織で成長シナリオを示すことが重要になりますね。
なるほど、「選手(人)をコストとして見ない」。素直に素敵な考え方だと思う。いつの頃からか、日本は、ビジネスにおいて人をコストに置き換えて話すようになってしまった。勢いビジネスを語るうえで、貴重な商品である選手をコストと考えるなど、有りがちだろうが、あってはならないことだと思う。そして、そうではないプランニングこそが、スポーツビジネスの出発点であって欲しい。
日本にJリーグが発足して、およそ30年が過ぎた。日本サッカーが、この30年間で成し遂げた奇跡的な成長には目を見張るものがある。それ以前のサッカーと言えば、どこでどんな試合が行われているのかも知らずにいた。それが今では、世界最高のビッグイベントであるワールドカップに7大会連続で出場し、かつてサムライブルーの名で呼び親しまれたチームは、ベスト16はおろかベスト8を目指すまでに進化し、経済効果をもって語られるほどの産業に成長した。
小山 なんでこんな話をするかといえば、我々がミャンマーでプロジェクトを一緒に始めたのはミャンマー国内における納税金額1位という人で、最大手財閥のトップなんですが、実はこの方、ミャンマーサッカー協会の会長でもあるんですよ。当然サッカーが大好きだし、日本サッカーの奇跡の成長を見習って、自国のサッカーを強くしたいという希望も持っていらっしゃる。つまりアジアというのはそれぐらいサッカー熱の高い地域であり、そのなかでも飛び抜けた成功を収めた日本サッカーには要人も憧憬の念を抱かせる力があるんです。(中略)
もう亡くなってしまいましたが、ぼくの高校の大先輩で東大から電通に入社してトヨタカップ設立にも尽力した広瀬一郎さんは生前ふらっと故郷の藤枝を訪れては、よくこう言ってました。
「(当時ドイツの首相だった)メルケルだってW杯を日帰り弾丸ツアーで見に行って大はしゃぎするだろ。欧州では一級の要人がサッカー好きであることは珍しくない。しかもサッカースタジアムは周囲に再生可能エネルギー施設を設置した新しいコミュニティを地域に創造することもできる。つまり彼らの関心が高い環境やバイオなどとサッカーは親和性が高いということ。(後略)」
もしかすると、スポーツを主体にしたビジネスを展開する上で、重要なのは、主体の趨勢に一喜一憂するのではなく、その周辺に展開し得る副次的なプロジェクトの構築なのかもしれない。そして収支を整えることが出来れば、命題である地域社会との融合や地域経済の創生が成せ、選手やスタッフをコストとして考えなくて済むようになるのではないだろうか。本書『弱くても稼げます シン・サッカークラブ経営論』(光文社新書)は、単にサッカーのみならず、あまねくスポーツをビジネス化しようとするガイドであるのは勿論のこと、近頃、やや下降気味と言われるJリーグの明るい未来を語る、サッカーファンにとっても喜ばしい一冊であった。
文/森健次
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